第3章 庇護

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 途端、息が止まる。比喩ではなく、実際に呼吸の入り口が完全に断たれた。  思わず、口が開く。彼は私を見下ろしたまま、真っ黒に染まった瞳をただ私に落としている。  口を開いてしまったのに、彼は私に薬を飲ませる素振りを見せない。ただ、彼はずっと私を痛めつけていた。  ああ、ここで私は死んでしまうのかもしれない、と思った。このまま彼の手に落ちて、私の生が終わる。そんな気配をふつふつと感じながら、私は足をばたつかせて、必死に生を求めて彼に抵抗した。  視界にちらちらと星のようなものが見える。  少しずつ、意識が変になっていく。  足の力が抜けて、身体が硬直しそうになってから数秒後、限界を迎えた私を見かねたのか、彼は手の力を緩めた。  肺に急激に供給される酸素に苦しんでいると、綾人くんは側にあった睡眠導入剤の錠剤を自分の口に含んで、それを噛んだ後に、そのざらざらとした砕けた錠剤を私の口に流し込んだ。  力の抜けた私は、抵抗することができなかった。はやく呼吸を全てもとに戻したくて、苦しみから解放されたくて、私は必死になって彼から与えられる薬を受け入れた。 「ああ、本当にお前は、人間らしくなさそうに見えて、ちゃんと人間だから困る」 「……どういうこと?」 「お前は今、俺に感謝しているはずだから」  私は思わず頷いた。彼が手を緩めてくれなかったら、私はきっと、あのまま深く、沈んでいたはずだった。 「おかしいよな。死への恐怖は俺から与えられたはずなのに、俺が手を緩めるだけで、お前は俺に感謝するんだ」 「……」 「これ、所謂反社会的なひとたちが使う手段らしい。相手を中途半端に痛めつけると、その後反撃される可能性があるけど、死ぬ直前ギリギリまで追い込んでからその手をぱっと離してやると、被害者は逆に命を助けてくれたことに対して、感謝するようになるって」  彼は、さっきまでとはまるで異なる手つきで、私の頭を優しく撫でた。
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