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「俺から与えられる生に感謝して、お前は俺が帰ってくるまでそこで眠っていたらいいよ。お前がそこにさえいてくれれば、俺は別にお前のことを殺しはしないから」
じゃあ、俺、行ってくるから、と彼は私に優しく言葉をかけた後に、荷物を持って部屋から出て行ってしまった。
私は唇を噛んだ。彼が部屋から出て行ったのを確認して、私はトイレに駆け込んだ。
拘束された手の指を口内に思い切り突き刺すのは至難の業だった。無理やり喉奥を指で触って、薬を吐き出そうと試みたが、そもそも吐き出せるようなものをまともに飲み食いしていなかったということもあり、ただ嗚咽が繰り返されるばかりだった。
絶対に眠るわけにはいかなかった。もうすぐ、依央が来てくれるはずなのだ。
なのに私はやすやすと、綾人くんに薬を飲まされてしまったのだ。これでは計画が最初から破綻してしまったようなものだ。
すこしずつ、薬が効き始めてきた。私は壁に頭を思い切り打ち付けて、迫りくる眠気を痛覚でなぎ払った。
眠らないように、私は舌や唇を何度も噛んだ。そのうち、口の中が鉄の味でいっぱいになって、気持ちが悪くなる。
綾人くんは、私を守るつもりで私をここに匿っているつもりらしい。けれどそれは本質的な解決ではない。
頭の良い綾人くんなら、そんなことわかっているはずなのに、どうして彼はこんなことをするのだろうか。
そんな、私を置いてひとりで出て行った彼に対する恨み言を抱えながら、私はふらふらとする身体を何とか支えて、玄関の方に向かった。
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