第3章 庇護

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 その場から立ち上がって依央を追いかけるほどの体力は残っていなかった。私はただ、奥の方から聞こえる物音に耳を傾けながら、安心したような、それでも少し不安が残っているような、そんな落ち着かない気持ちを抱えていた。  意識を失う前に、扉の鍵を開けておいて良かった。当初の計画はほとんど遂行できなかったが、依央が助けてくれたなら、それでいいと思える。 「お前のスマホって、これ?」  少し経つと、依央が右手に、私のスマホを持ってやってきた。 「どうして……」 「気持ち悪いくらいに生活感のない部屋だから、探すの楽だったよ。洗面所の上の方の棚にあった。お前じゃ見つけられないだろうけど」  ほら、と彼は私にスマホを持たせた。  これだけあれば十分だろう。私は依央に支えられながら、綾人くんの家を後にした。  夜な夜なひとりで机に向かって勉強をしている綾人くんの姿が頭をよぎって、胸がちくり、と音を立てたが、私にはたぶん、傷つく権利なんてないのだろう。  私は一体どうしたら良かったのだろうか。  そんな、今更答えの出ないような問いを反芻しながら、私は依央の腕をしっかりと掴んで、一歩ずつ、足を踏み出した。
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