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そのまま天井を仰いでいると、玄関のドアが、コンコン、と音を立てたのが聞こえた。
動く気になれなかった。どうせ、玄関の鍵は壊れている。彼はそれを知っているし、彼はそんなこと気にせず、私の家に上がるのだから、別にいいのだ。
程なくして、がちゃり、と玄関の扉が古臭い音を立てた。綾人くんのアパートの、あの重厚なつくりのドアとはまるで質が違うその音を聞きながら、やっぱり私にはこの薄汚れた部屋の方が似合っていると思った。
「祥平……」
「何か、久しぶりだな」
制服姿をした祥平が、テーブルの上にスーパーの袋を雑に載せて、そんな言葉を発した。
「学校休んでたのって、どうして?」
「体調悪くて……」
「何だよ。連絡してくれればもっと早く来れたのに」
最近昼休みも会ってなかったし、と彼が付け加えるのを聞いて、私は何も言い返すことが出来なかった。
昼休みに体育館裏で祥平とお昼ご飯を食べる、という習慣とも言い難い些細な儀式ができていなかったのは、そもそも須藤さんたちにいじめられていたからだったのだが、祥平は私が直接的な暴力を受けていることを知らない。
私は話がこじれないように、そっと目を伏せながら、彼の言葉を受け流した。祥平は別に、何も気にしていない様子だった。
台所に向かう祥平の横顔を眺める。そして同時に、須藤さんのことを思い出す。
"祥平って、センスないのよ。あたしを捨ててこんな子のこと好きになっちゃうくらいだもの"
須藤さんが依央に向かって放った言葉の意味を、今一度きちんと咀嚼し直してみる。言葉通りに解釈すれば、どうやら祥平は私のことを好いているらしい。
確かに、思い当たる節は沢山ある。わざわざ学校を早退してまで私の家にお見舞いに来たこととか、こうやって連絡すればいつでも飛んできてくれるところとか、あるいは、俺がここに住めるようになったら毎日ちゃんと食べさせてやれるのに、という言葉だとか。
そういうことか、と理解すると、途端に悩みの種がひとつ増えた気がして、祥平の横顔が途端に憎たらしく感じられるようになった。
彼は何ともない顔をしている。
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