第1章 本能

12/21
前へ
/221ページ
次へ
 私たちの長い食事が始まってから、どれくらいの時間が経っただろうか。日が東から南に、そして西に傾いてくるまで、私は祥平とずっと一緒に過ごしていた。  祥平は小鉢の中身を入れ替えたり、私の気に行った料理を足したりしながら、私の話し相手をしてくれた。いつの間にか、テーブルの上の小鉢の中身はほとんどなくなっていた。 「今日は結構食べられたみたいだな」  祥平は使い終わった食器を片付けながら、ぽつりと呟いた。 「うん、美味しかった」 「そう。良かった」  彼は食器の片付けを終えると、タオルで自分の手を拭いて、捲っていた服の袖をもとに戻しながら、私の隣に戻ってきた。 「俺がここに住めるようになったら、毎日ちゃんと食べさせてやれるのに」 「……そんな」 「ごめん、急に変なこと言って」  部屋の中にすこしだけ、湿っぽい空気が流れる。気まずくなって祥平から目を逸らすと、彼はばつの悪そうな顔をした。  じゃあ俺、帰るから、といって祥平は、端の方に畳んで置いてあった上着を羽織った。 「そっちのビニールの中に、ゼリー飲料何個か入れてあるから、俺来れないときはそれ飲んどけよ。それくらいならひとりでも飲めるだろ?」 「わかった。ごめん、そこまでさせてしまって」 「いいから。俺がいないときに倒れたりすんなよ」  祥平は私の頭をぐしゃりと、雑に撫でた。  また呼んで、といって彼は部屋を出て行った。私は部屋でひとりになった。すこしだけ、祥平の残り香がした。
/221ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加