第4章 変性

7/60
前へ
/221ページ
次へ
「さて、用事が済んだなら帰ってくれない?」  夏目先輩が依央に向かって、振り払うような仕草をしてみせる。 「夏目先輩。先輩の気持ちとかどうでも良いんで、とりあえずマナのこと脅すの、やめてくれませんか」 「はいはい、だから早く出ていってくれよ」  いつもの調子で先輩が依央の言葉を受け流していく。先輩の言葉は、きっと真意じゃない。  多分、このままでは、かえって先輩を暴走させてしまう気がする。依央に口を割った須藤さんに対して、夏目先輩からの脅迫がさらに強まりそうな、そんな予感がした。  依央の方もそれをわかっているみたいだった。  震える手を両手で包み込む。色々な感情が湧き上がってきて、どうしようもなく視線を泳がせていると、依央がこちらをちらりと向いてから、小声で大丈夫だから、と言った。 「先輩って、推薦で大学決まってますよね?」  依央が先輩にそんなことを言った。3年生のこの時期、もう夏目先輩は有名私大への進学を決めていたらしい。 「そうだけど?」  首をかしげながら足を組み直す夏目先輩が、目を細めた。  すると依央が、近くの机の上に、ごとん、と自分のスマホを置いた。依央の手が、それに触れる。 『へえ。もったいぶらないで、早く出しなよ』 『そんなに出すのが憚られるようなものなの? その動画は』  依央のスマホから、すこしノイズがかかったような、夏目先輩の声が聞こえてきた。
/221ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加