第4章 変性

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 依央がその言葉を発してから、生徒会室の空気が凍ったのを感じた。  もちろん、依央が放った言葉が、その場しのぎのための方便だということは、さすがの私でもわかっている。  けれど、私でも読み取れるような依央の真意を、夏目先輩が読み取れていないわけがなかった。夏目先輩はあまり依央の言葉を信じていないような表情をしていたので、私は喉をごくり、と鳴らしながら、なんとなく依央の方に自分の身体を寄せた。  そんな私たちの姿を見て、夏目先輩は心底つまらなそうな顔をした。まるで、面白くもない映画を見るような、そんな表情を引っ提げては視線をどこか遠くにやる夏目先輩が、ひとつ、ため息を落とす。 「ふうん、まあ、いじめはやめさせてあげるよ」  今度こそ、夏目先輩の発する言葉は本当のことのように思えた。夏目先輩だって、今は依央に脅されている側なのだ。世間体を気にする先輩だったら尚更、大学の推薦を取り消されるという事実に重大な意味を感じているはずなのだから。  けれど先輩は、今度こそ私の方をまっすぐと見つめて、言葉を放った。 「でもね、僕もそこそこ不機嫌だから、もうここには眠りに来ないでよね。もちろん、きみが僕のものになりたいって言って泣いて縋りついてくれるなら、話は別だけど」  夏目先輩が、にこり、とほほ笑んだ。触れられてなんかいないはずなのに、彼の手の感触が、ぞわりと肌を撫でるようなそんな心地がして、私は一歩後ずさった。 「……行くぞ」  依央はその場で立ちすくむ私の腕を引いて、生徒会室から私を引っ張り出した。
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