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お腹が満たされて、思考がふわふわしてきたので、すこしだけ休もう、と思ったときだった。
普段は滅多に鳴らないスマホが、バイブレーションと共に、音を立てた。電話が鳴っている。
私はなんとなく、誰が電話をかけてきたのか想像できた。きっと、彼だ。
画面の表示をろくに見ずに、私は緑色の通話ボタンに触れて、スマホを耳に押し付けた。
「……もしもし」
『俺だけど、今から来て』
有無を言わせない通話相手の口調はいつも通りの彼のものだった。床に乱雑に置かれている埃を被った時計をちらりと見ると、時刻は19時を回るところだった。
「あと30分くらいかかるけど、いいの?」
『ああ。じゃあまた後で』
ぷつ、と通話が切れた。電話の相手は、夏目先輩でも、祥平でもない。
彼のところに行かなければならないと、本能が告げている。
どうしてだろうか。食欲と睡眠欲を満たすのは、あんなにも消極的になってしまうのに、最後のもうひとつだけは、彼から呼び出しがかかった瞬間に、全身が疼いて仕方なくなる。そんな醜い自分が嫌いだ。
こんな私のことを、夏目先輩と祥平はどう思うのだろうか。
夏目先輩はきっと、ふうん、とか言って別段興味もなさそうに、いつも通りあの黒いブランケットをかけてくれるに違いない。あのひとは、自分の前で眠っている私が好きなだけだ、と思う。
祥平はどうだろうか。お前が健康的に生きてたらそれで良いよって言うのかもしれないし、それとも心配と不安が混じったあの表情を向けてくるのかもしれない。
それでも私は、彼のところに行かなければならなかった。
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