第4章 変性

15/60
前へ
/221ページ
次へ
 祥平を落ち着かせようとして行った私の努力は無駄に、というか逆効果に終わったみたいだった。菓子パンを食べ進められない私を見て、祥平は人が変わったみたいに、顔をひどく歪めてみせた。  いつもの不安と焦燥が入り混じる顔じゃない。今日のは、どちらかと言えば、憤りと苛立ちと、そして少しの諦めを含んでそれを水で割って薄くしたみたいな、そんな表情だ。  そして彼は、私の顔を見た。けれど、目が合わない。確実にこちらを向いているのに、さらにその奥の壁を見つめているようにも感じられる、焦点の合わない彼の瞳がひどく恐ろしい。 「なあ、早く食べて」 「でも」 「何で言わないとわからないわけ? 食べないと死んじゃうんだぞ。なあ、お前の生死は俺が握ってるんだよ。俺のいるところで食べないと、お前は……」  待って、と彼をなだめながらも、私は彼から身体を離す。こんなことになるなら、祥平を家に上げなければよかった、と今更になって後悔した。 「祥平、やめてよ、そんなこと言うの」 「なあ、お前はいつもそうだよ。俺は今までずっと、お前に健康に生きて欲しくて、お前に振り向いてほしくて、こんなに尽くしてきたのに、どうしてお前はこうやって俺の手から簡単に逃げていくわけ?」  祥平が私の手から菓子パンをむしり取って、私の肩を力強く押した。もう一度視界が反転して、祥平の顔が天井を背景に、ぼうっと浮かぶ。
/221ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加