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依央は私の様子を気にも留めていなかったらしい。彼はそのまま、遠くを眺めながら続けた。
「俺はお前のこと縛るつもりはないよ。夏目先輩に彼女だって紹介したのも、わかってるとは思うけど、あの場をやり過ごすために言っただけだから」
「わかってるよ、そんなの」
靴の先についた砂埃を、右手で払う。私は心のどこかで依央の言葉にショックを受けていたが、それを彼に悟られないように、必死になって感情を押し殺した。
どうしてなのだろうか。人の気持ちとか、感情とか、どうだって良かったはずなのに、どうしてこんなにも、彼の本意を知りたいと思ってしまうのだろうか。
そう思うと、なんだか気持ちが昂ってきた。彼に排斥されたような気分になって、どうしようもなくなってしまって、なぜだか鼻の奥がつんと不快な音を立てた。
「……ごめん、迷惑かけて」
そんな言葉を絞り出したと同時に、私の瞳からはらり、と涙が溢れた。
別にただ、祥平から言われた言葉を、あのときの彼の様子が怖かったということを聞いて欲しかっただけだった。けれど、そんな反論なんか口をついて出るわけもなく、私はただ、癖で謝罪をひたすらに繰り返した。
そんな私を見た依央は、ぎょっとした顔をして、困惑した様子をみせた。
「ごめん、泣かせたいわけじゃなかったんだ」
今更かもしれないけど、と付け足しながら私を慰める依央は、一体何を考えていたのだろうか。私には、それを察する能力がない。
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