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家を出て25分程度歩くと、高級住宅街が見えてくる。汚くて貧乏くさい私には似つかわしくないそこで、彼は私のことを待っている。
一つの小綺麗なアパートに到着する。高級住宅街の中では比較的簡素なつくりとなっているそこに入って、私はまっすぐに彼の部屋を目指す。
インターフォンを押してから約5秒後、目の前にある重厚な扉が、こちら側にギイ、と開いた。
「遅えよ」
「ごめん、綾人くん」
綾人くんは、ここからすぐのところにある私立高校の制服に身を包んでいる。彼は不機嫌そうな表情を引っ提げながら、私を部屋に招き入れた。
綾人くんは、かなり裕福な出自をしている。確か両親が医者だったとか何とかで、すこし先に行ったところにある地区で一番大きいお家が、綾人くんの本当のお家らしい。
私が呼ばれたこのアパートは、綾人くんの両親が彼のために借りている部屋だと、以前彼が機嫌の良いときに教えてくれた。受験勉強に集中できるようにと、ワンルームの部屋をわざわざ与える彼の両親の神経が、私には未知のものすぎて、何の感情も湧いてこない。
結局、綾人くんはその部屋を、こうやって私を呼び出すのにうまく利用しているらしい。その行為の是非は置いておいたとしても、私の家よりも広くて綺麗なこの部屋を一人で自由に使える彼の住む世界が、団地住まいの私とは全く異なっているということだけは、はっきりとわかる。
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