第1章 本能

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 綾人くんは、安心感とは無縁の人だ。どちらかと言えば、激情的で、刺激的で、それでいて短期間で享楽を極められるような、そんなひとだ。  夏目先輩や祥平とは、種類が違う。私は目の前にいる彼にそんな優しさを求めているわけではない。 「マジで、何なんだよ」  綾人くんは仰向けになる私に跨り、私の両腕を思い切りベッドに押し付けて、私の身動きを封じた。  抵抗しない私を見て、彼は私に深いキスを落とした。  あ、私、うがいしてない、と何となく思った。うがいをしないとキスできないって言ったのは、彼の方だったのに。余裕をなくして自己矛盾を繰り返す目の前の男が、何だか野性的に思えてくる。  彼のざらざらとした舌が私の口内に入ってくる。私はそれを受け入れた。拒む理由がなかった。  綾人くんは、夏目先輩と祥平のことを毛嫌いしている、というか、下に見ている。  俺はあいつらと違うからって、これまでに何度も言っているのを聞いた。私は、見慣れない綾人くんの制服を見ながら、そうだねって答えることしかできない。確かに綾人くんは、夏目先輩と祥平とは、また少し違った環境に身を置いているからだ。  きっと、綾人くんには彼なりの悩みがあるのかも知れない。けれどそれはきっと、私には想像できない次元のものなのだと思う。  人には人の地獄がある、とはよく耳にする言葉だが、彼の地獄と私の地獄は、そもそも質も様相も全く異なるものだ。
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