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 静かに怒る一成は見慣れない。そういうところがかえって恐ろしかったけれど、もしこれをきっかけとして別れるなら別れるで都合が良いなと思っていた。  正直、一成といてもプラスなことはない。  週に一度挙行される意味のない性交渉  自分の性的嗜好を隠すための嘘  したくもない同棲を先延ばしにするための施策  全部しなくても良くなるのならそれに越したことはない。というか、別れるなら今がチャンス?  もうこのタイミングで別れを切り出してみようか。どうせ向こうだってそろそろ潮時だと思っているはず。  うるさい心臓の鼓動に、落ち着け、と念押ししてから、言葉を丁寧に選びとる。 「……ごめん、魔がさした」 「だから、何?」 「一成とは、もう、あの」 「は? なに言おうとしてる?」 「……っ、」  私の言葉はすぐに跳ね返されてしまった。  一成はさっきとは打って変わって、今度は苛立ちを含めた表情をそこに貼り付けていた。ぶる、と身震いする。彼は机を爪でコンコンコンと叩く。 「自分の立場、わかってんの? お前が関係をどうこうする筋合い、ないだろ」 「……それは、」 「別れないから。みことの口からそういう話聞きたくない。みことは信頼回復に努めて」  頭の中で、何かがひび割れる音がした。  別れられない。そんな事実がはらりと舞い降りてきて、気持ちの追いつかない私の手をすり抜けて落ちた。  いつかは別れたい。だけどそれは今じゃないらしい。もう少し冷静になってから彼と話そうか、と心の中で方針を打ちたてる。  とりあえず今は、彼に従っていた方が良いとして。  信頼回復も何も、どうしたら良いのか。  こういう場合の正解は何なのだろうか。  何もわからず黙っていると、一成が手に持っていた私のスマホをはい、と突き返してくる。 「アプリと、あとは男の連絡先。目の前で全部消して」  私の顔を見る一成の目は何か汚いものを見るような目つきだった。  抵抗することすらもどこか遠くで諦めている私はおとなしくスマホを手に取った。  きっと、大丈夫。  真っ直ぐな彼よりかは狡猾な自信がある。  誇れもしない自信であることは自覚していた。
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