明けない夜など、ない。

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 青年の精神はじょじょに壊れて来つつあった。それをなんとはなしに自覚しながらも、なお彼はさきへと、歩を進める。  そうしないと、彼のもとへ、帰れないから。  ダークブロンドの髪が、記憶のなかで何も言うことなく揺れる。もう、彼がどんな声をしていて何をしゃべっていたのか、あまり思い出せない。  はやくかえらないと。  そう胡乱につぶやき、よろ、よろ、と一歩ずつ進む。  その足もとで、なにかが動く気配がした。  にゃーん。  青年はそちらにのろりと顔を向け、――両目をかがやかせた。  ねこだ。  その瞳が、すぐに曇る。  そのねこ?には、足が異様なほど、……多く、生えていた。  ねこが青年に向かって、にゃあん、と、小首をかしげて可愛らしく、再度、鳴いてみせる。  近寄ってくる。彼の足に頭をすりすりとこすりつけ、ごろごろ、と喉を鳴らす。どうも、初対面だというのに、いやに懐かれたらしい。  青年はその形態に、とりあえず目を瞑ることにしたようだった。屈みこみ、その綺麗な毛並みの背を撫でてやる。なおう、と気持ちよさそうに、ねこは身体をよじる。  犬カフェにしか行ったことないけど、ねこにもけっこう、好かれるもんなんだな。ひとりごとを言いながら、しばらくなにも考えないで、ねこをひたすらわしゃわしゃ、と撫でる。彼の好きな、毛の長いふわふわとしたねこだった。しっぽも、ふうわりとふくらんで長い。おそるおそる、そこにも触れてみる。引っ掻かれるのかと思いきや、不思議なことにぜんぜん、嫌がりもしない。  ふと、青年は我に返ったように、いままで己が進もうとしていた方角を見やる。撫でくり回していたねこの背中を軽く、二、三回ぽんぽんっ、と叩いて、ねこに向かって手を振った。  もう、そろそろ行かないと。……待ってる奴がいるんだ。  それを聞いたねこは、じいっ、と青年の方を、鳴きもせずに目を見開いて、見つめていた。  そしてなんの真似か、足を一本ずつ、数えろと言っているようなリズムで上げ始める。  え? えーと。  青年はうろたえつつも、その妙な指示(?)にしたがう。数えてみる。  足を上げ終わる。――十三本、あった。  多すぎだろ……。  青年がそう言って苦笑すると、ねこはにかーっと口をひろげて、ぼくもそうおもうよお、とでも言いたげな顔でまた、にゃあん、と元気に鳴いてみせた。  ちいさく笑い、青年がじゃな、と声をかけて、背を向ける。  きらきら光る二つの目が、いつまでもそれを 名残り惜しそうに見つめていた。
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