明けない夜など、ない。

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「そっちに行っちゃだめだ、ひぃちゃん!!!」  青年のうしろから、大音声の叫び。  青年は立ち止まり、のろり、と、その方向に、見返る。  ダークブロンドの髪をボサボサに振り乱した、若い男がそこに立っていた。  膝に両手をつき、大きく肩で息をしている。  ぜえ、ぜえ、という呼吸の音が、かなり離れた位置に立っている彼のところにも、聞こえてきていた。 「戻れなくなるぞ!!! こっちに来い!!!」  その目が、死にものぐるいの光にいろどられている。  よく目を凝らしてみると、その男は、生身ではないようだった。ほんのわずかに、身体が透けている。思念体、とでも言えば適切だろうか。  まあ、それはそうか、と小声で、つぶやく。  どちらにせよ、生身の人間が着の身着のままで来られるような場所では、ここはないのだから。  そう、いま、ほとんどその身を屍に近い領域に遣ってしまいながら歩き続けている彼のように、でも持っていないかぎり。  ここは、そういう場所だ――数刻前に憐れにも爆発四散してしまった棒人間のセリフを、青年は頭のなかだけで、そっと、復唱する。  男はぎ、とにらみつけるような耀く瞳をして、青年の動向を見守っている。  自分を心配しているらしい、と青年は思う。  この自分の身を案ずるあまり、彼はここにきたのだろうか、と。  いたく肌を刺す、静寂。  青年はその男を、身じろぎひとつせず、黙ったままに注視していた。  その足がひとつ、男のほうに向かって踏み出される。  男がほっとしたように、表情をやわらげた。  安堵の色。  その顔が突如、――曇る。  青年が頭をかかえて、くるしそうに背を丸めていた。  だいじょうぶか。何があったんだ。  男が呼びかけ、彼のもとに走り寄ろうとする。  その眼前の空間が、粘土細工のようにぐにゃ、とゆがむ。  それに気づかないままに走る男を、青年が鋭く制した。  くるな!  足が止まる。瞠目し、うずくまった彼に視線をやる。  その瞬間、二人を隔てていた空間が、音を立て砕け散った。  ひび割れたガラスのようになった空間を、どんどんと激しく叩く。いくら力を込めても、破れる気配はいっこうに、無かった。  青年はすこし、さみしそうに目を垂れさせて、 空間を必死に叩く男を、見つめる。  その手がちいさく、胸のあたりで振られる。  背を向けて、また、彼は、……歩き出す。  膝から崩れる男のすがたが、闇に溶け見えなくなっていく。  センパイ、と嗚咽を混じらせ呼ぶ声は、もう、彼の耳へ届くことは、なかった。
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