明けない夜など、ない。

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 葉の刺さった頰を、そっと撫でる。  ぬとっ、と、やけに粘ついた感触があった。  手を見る。暗赤色。  どろどろと流れ落ちる感覚をそこに感じながら足早に、彼は歩きつづける。  シャツに滴り落ちる、じっとりとした、赤。  襟元を、ちら、と見る。首元の生地の半分ほどその色に染まっている。  異様な速さでそれは、滴ったそばから暗く淀み沈着していく。  人間の血とは思えなかった。  肩にまで、その血はひろがっていく。  青年の歯はかちかちと微かに鳴っていた。  肩に荷重がかかる。  ざりっ、と、……濡れそぼった肩を、舐めずる感触。  かぼそい悲鳴が、青年の喉から笛のように転び出てきた。そこを、こぼれ落ちんばかりになった目で、凝視する。  獣かなにか、よくわからない造形をした動物が一匹、いっしんにその液体を舐めていた。  コウモリのように見えるが、よく見るとすぐにそうではないことが分かる。羽の先端は黄色く、闇に溶ける羽と相まって警戒色をしている。足の先の爪は左が六本、右が七本。左右対称に真っ向から対抗している。何よりも、……昆虫の複眼に似た目が、頭の真ん中に、三つ。  ぎょろり、と動いた複眼が、うれしがるときの人間のように、細められる。醜悪な、ブツブツとした瞼がすがたを見せた。  長く青い、自然界に無い色をした舌が、青年の首筋に移動する。するどい牙が肌を裂くぷつ、という音が、いやにはっきりと彼の耳に届いた。  青年の目が大きく見開かれる。  手を、蜂を潰す時のように素早く、動かす。  払いのけられた異形が、ぎいぃいッ、と断末魔を残して、アスファルトの地面に転がった。  青年はゆっくりとしゃがみ込み、大きく、肩で息をする。転がったままぴくりともしない異形のいきものを、無言のまま見つめる。  どうやら、既に死んでいるようだった。  数秒、迷うように視線をさまよわせたあとに、 ――ちいさく、その両の手をあわせ、冥福を祈るように、目を閉じた。  それに呼応するように、そのいきものの姿が、音もなく霧状に変化し、周囲に散って消える。  青年はそれを見守った後、しばらく、放心したようにその場に座り込んでいた。  その口が、スローモーションのように、開く。 「いけない。……はやく、進まないと」  歩かないと。  熱に浮かされたようにつぶやき、また、両脚をふらつかせながら、立ち上がって歩き出す。  その風貌はどこか、夜に魅入られた夢遊病者に似ていた。  足取りはさっきより重い。  黒い血は頰にまだ、こびりついたまま。
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