明けない夜など、ない。

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 そこには、点々と落ちたドス暗い色の血痕以外には、なにも残ってはいなかった。  その血痕をまたぎ越して、彼はふたたび、両の足を交互に前へと、出し始める。  世間話をしていた相手もこうして、こなごなになってしまったわけだし、  いつまでも休憩しているわけには、いかないのだった。        ◇  疲れのいくらか取れた(……ような気がする)足で、彼はのろのろと歩きつづける。  また、ひとが出て来ないかな。そう、誰に言うでもなく、独りごちる。  別に、もう歩くのにつかれてしまって、二度目だけども早々と休憩したいとか、そういう訳ではなかった。  青年はそう、――さみしかったのだ。  ひとっこ一人いない暗闇を、何時間ともなく、時間の感覚もハナからないままに、歩きつづけたからか、……彼のなかには、水に音もなく溶ける墨汁のように、にごったひと恋しさが澱になっていた。  ベンチに座る前よりも、じゃっかん、足取りをゆるめて彼は歩く。  きょろきょろと、先ほどのようにひとがいても見逃すことのないように注意深く、周囲の景色に気を配りながら。  だが。  その行動は結果として、裏目に出た。  彼は、そう、見つけてしまったのだ。  道の隅っこのほうに転がっていた、……恐らく人間のものと思われる、目玉を。  彼はそれを見上げながら、ゆっくりと反対側によける。――その目玉はなんと、彼の身長を優に追い越してしまうほどの直径を持っていた。  巨大な細い、黒い瞳孔が、ぐるぅり、と回転し青年に照準を、あわせる。  あ、とちいさく、青年が声を発した。すると、――それに応えるように、紅い瞳の色がキラリ、と、ひときわ色味を増して、輝く。  ごろ、と。  青年に向かって、乙女がもじもじと恥じらっているような動きで左右に微動しながら、転がってくる。それはまるで、 「いっしょに遊びましょう?」 なんて、可愛らしくお誘いをかけているようでもあった。  青年は一歩、進行していた方向に背を向けて、後ずさる。目玉が威嚇するように、ちかちかっ、と何回か点滅した。どうやら、ご機嫌をそこねてしまったらしかった。  また一歩慎重な足取りで後ずさる。大きく目を見開き、巨目玉の動向をうかがっていた青年は、一瞬の隙を突くようにして、……一目散に、その場から逃走を始めた。  背後から、ごろごろごろ、と地響きとともに、球体の転がる音が迫ってくる。大玉ころがしの 命がけバージョンじゃないか、などといった馬鹿げた感想が、青年の脳裏に浮かんでははじけた。
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