明けない夜など、ない。

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 青年はあいかわらず、歩きつづける。休みなくきびきびと動いていたその足がふと、止まった。  けほ、けほっ、と、何回か咳き込む。あぁ、と吐き出した声は嗄れていた。つばを何回か、音をごきゅり、と大きく立てて、飲み込む。  のどがかわいた。そうカラカラに干乾びた声で言って、左右を見わたす。  青年の目が見開かれた。この場所に迷い込んでからずっと暗かった瞳に、ここでやっと、まともらしい色のハイライトが宿る。  その目の前には、――煌々と明るい光を放つ、自動販売機。  すぐ近くまでてくてく、と近寄り、青年はその機械を、穴のあくほどながめた。  見た感じ、一般的なものと、かわりはないようだった。赤いパッケージのスカッとする飲み物、白い乳性飲料、最近になって値段の高くなった、お高くとまったカフェオレ。  青年は、しばし迷った様子で、自動販売機内のラインナップの上で指をうろつかせていた。  赤みのさした細い指が、最下段の右隅でぴた、と止まる。  その飲料には古くさい、黄ばみきったラベルが巻かれていた。  ほかの飲み物たちにくらべて、明らかに年代が違う。まるで、ひとのあまり住んでいない離島の自動販売機から、それだけが空間移動をしてきたような風情であった。  ポケットから、わくわくした様子で小銭を数枚取り出す。ちゃらっ、と銀色の硬貨が、手の上で踊る。  かろん、かろんッ、と涼しい音を立てながら、機械が差し入れられた硬貨を飲み込む。その音はどこか、ほくそ笑みながら毎度あり、と、青年に向かって言っているようでもあった。  すっ、となめらかに指を上へとスライドさせ、ボタンを押す。ぼッ、という、異様に反応の悪い感じのする音が発せられ、鈍い衝撃を伴いつつ、お目当ての飲料が落ちてきた。  ラベルに書いてあるのは果たして文字なのか、記号なのか、図柄なのか。それすらもわからないビビッドイエローのラベル。全体に、そのわけのわからないラベルがかかっているため、内容物の液色は見えない。  青年はキャップに手をかけるが、開きにくい。何度か挑みやっと、キャップが抵抗をやめる。  輝く瞳で、青年は一気にそれを呷る。  ――その表情が、固まった。  げほッ、と勢い良くむせかえる青年の手から、飲料のペットボトルが音を立てて滑り落ちる。  青年が顔を上げる。うつろな表情。  そのだらりとひらいた口の端からは、――数刻まえに彼の首から流れ出た黒い液体が、たらあ、と糸を引くように粘りながら、垂れていた。
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