明けない夜など、ない。

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 腹をかかえながら、青年はなおも、前へと進みつづけている。  さっき買った謎の飲料は、けっきょく、何回もむせながらではあるけれど、全部、その胃の中におさまってしまっていた。  ドロドロしていて、錆びた鉄の味がして、吐きそうなのに、なぜかひと息に、その比較的大きなペットボトルを飲み干してしまっていた。  のどがかわいていたから、というのとはまた、ちょっと理由がちがう気がした。  まるでパンダが笹を目の前にしたときのような如何とも形容し難い渇望が、その瞬間、彼の頭を支配していたのだった。  それはいまも、彼の少し膨らんだ腹のなかで、ちゃぷん、ちゃぷんッ、と波打っている。彼は、身重の女のひとのように鈍い足取りで、ときおり身体をふらつかせながら進んだ。  目は暗澹と淀んでいる。身体に力が入らない。あの、わけのわからない飲料を、丸々飲み干してしまったからだろう、きっと。そう考えた彼の口から、知らず、後悔の色の濃いため息が洩れる。それと同時に、ついさっき胃に収めた液体が出てきそうになって、思わず口を、あいた片方の手でとっさに、押さえた。  ん、と小さい呻きのような声とともに、青年が立ち止まった。その目は、彼の数歩ぶん前方の、アスファルトの地面に向けられている。  そこには肉があった。  薄汚れた、元は白かったであろう皿。その上。串に刺さった焼かれた肉が、数本、香ばしい色のたれをからませながら鎮座していた。  ……地面に直置きで。  さすがにこれは不審だろう。そう思って、彼はほそい首をひねった。  しばらく、その肉を眺める。  腹は正直、さほど減ってはいなかった。何せ、吐き気のするような飲料のペットボトルを、普通サイズで一本、飲み会でもないというのにイッキしたばかりである。空いているほうがおかしい。  だが。  なんだこれ、と青年は訝しげに、呟きを零す。――またあの、好物を目にしたときのようなよくわからない感情が、彼の脳裏にじわりと、徐々に広がりつつあった。  肉の載った皿に、近づく。半分正気をうしないかけた目で、それを、観察する。  よく見ると、お魚のパックに溜まるジュースのような液体が、持った串の先端から滴っていた。  ぐじゅ、ぐじゅっ、と、音を立ててそれを咀嚼しながら、でもまあ、うまいから良いか、と彼は数回、頷く。どことなくジビエに似た肉だった。たれは結構塩からくて、白いご飯がほしくなってしまう。  食べ終わる。丁寧な挨拶。彼はふたたび帰路に戻った。
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