ホウズキ

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ホウズキ

「ごめん。お邪魔するよ。かんざし婆は居るかい?」 月が返事をすると、裏口から中年の女が入ってきた。 「すぐに戻ると思うのですが、今は留守にしています」 「夜伽(よとぎ)様かい?初めてみたよ。噂通りの色白大女だね」 月を珍しいものを見る様に、上がり框に座り、上から下までじっくりと眺めていた。 「色白大女…って」 「へぇ〜脚がちゃんとあるじゃ無いか。産婆所に行ったけど誰も居なかったからこっちに来てみたんだ」 「あの…それでご用件は?」 「湯女が、子おろししたのは良いけれど、腹痛起こしてね、熱も出てるんだよ」 話を聞くと、高熱で3日程臥せって居ると女が説明した。 「分かりました。私が代わりに伺います」 月は鍋を囲炉裏から降ろし、出掛ける支度を始めた。 「え…あんたが?大丈夫かい?」 「熱が3日も続くなんて心配だわ。診察だけでもさせて下さい」 月は急いでかんざし婆に湯屋へ行くと置き手紙を書いた。 「ああ…こっちだよ」 月は必要になりそうなものを風呂敷に包み、女と供に湯屋へと向かった。 ーーー 湯屋 菊の湯 閨房屋から歩いて30分程の所に湯屋はあった。大通りから少し入った場所にあったが、店は混浴で多くの客で賑わっていた。 「さあ。こっちから入っとくれ」 「わぁ。元祖スーパー銭湯ね」 併設の店で食事も取れ、うどんや蕎麦を食べている客や女と酒を飲んでいる客、訳ありそうな男女などで溢れかえっていた。子供相手に飴売りなどの物売りも来ていた。 …凄い賑わいだったのね。 店の脇の小さな小道の奥に裏口はあった。料理を運ぶものや、湯で垢すりをする者が休憩していたり、華やかな正面とは違い地味で機能的な作りになって居る。二階へ戯れ合うように上がる男女、裸で駆け回る子供。年齢制限も男女も問わず、不思議な空間だった。 …銭湯、そして食事処兼売春場なのね。 裏口から入って行こうとした月を女は慌てて止めた。 「あららら…そっちじゃ無い。こっちだよ!」 裏口を過ぎ女は裏庭へと入っていく。小さな物置小屋が建っていた。 「小雪。入るよ」 ーーーガラリ。 薄い木の引き戸を開けると、少しカビの臭いがした。 「どうぞ」 古い布団や掃除道具などがきちんと仕舞われていた。 …え。ここ? 中に入り奥まった小部屋に汗をびっしょりとかいた女が寝ていた。 「小雪。気分はどうだい?」 女が声を掛けると寝ていた女は眼を開けて、身体を起こした。 「かんざし婆のとこの、ほら…人魚様だ」 「あっ…そのまま寝てて下さい。夜伽と申します」 月は止めたが、小雪はふらふらとしながら布団から降りて、襟を正し正座をして深々と頭を下げた。 「ど…どうぞ宜しく…」 「身体…お辛いでしょう?どうぞ横になって下さい」 「へ…へぇ」 月は小雪ににじり寄り、布団に寝かせた。 …身体が熱い。40ぐらいありそうだわ。 やはり無理な堕胎と、不適切な処置で感染を起こしたようだ。抗生剤もない時代に風邪や感染症で亡くなる人が多かったのも頷ける。 月は、早速割烹着を着て診察を始めた。 「食事も水も要らないっ…て、言って食べないんだよ」 小雪の汗を手拭いで拭く女は番頭の奥さんで、この湯屋を切り盛りしているとのことで、お菊と名乗った。 「お菊さん…すみません」 堕胎は禁止令が出ていると、かんざし婆が言っていた。 「早速ですが…」 それでも妊娠してしまえば、湯女や遊女は闇医者でこっそりと堕ろす。 「ご自分でされたのですか?それとも医者で?」 農家などでは、自分で冷たい川に長時間入ったり、お腹の上に人を乗せたり、細い枝を刺したり,昔からの知恵で鬼灯には血の巡りを良くしたり、子宮収縮作用があるので服用した。 「いいえ…他の湯女にやり方を教えて貰ったんです。ホウズキの粉を飲んたり…。」 素人判断での堕胎は危険を伴った。 「いつ頃の事ですか?」 からからに乾いた唇、摘まんでも戻らない皮膚。小雪は酷い脱水を起していた。 「…3日前です。なかなか勇気が無くて…」 そっと小雪のお腹に触れてみた。 「どれぐらいの月でしたか?」 子宮が触れた。痛みで顔をゆがめた小雪。 「それも余り覚えて無くて…」 …子宮の戻りが悪い。 「赤ちゃんが入ってた袋は出てきましたか?胎盤…じゃなかった胞衣(えな)は?」 小雪は首を傾げている。 「赤ん坊が出たのは判ったけど…」 ちょっと見せてくださいと言い、月は要らない着物を腰の下に敷いた。 「お腹を押すので痛いですけど、ちょっと我慢してくださいね」 月がぐいぐいとお腹を押すので小雪が唸ると、それを見ていたお菊が顔を手で覆った。 「痛い痛い…見てられないよ」 すると胎盤とともに、悪臭を放った残留物が多量に流れ出てきた。 「胞衣が残ってたわ」 月は汗を拭きながらお腹のマッサージを続け、残留物の処理を続けた。月は、その後のケアの方法をお菊に丁寧に教えると、後で漢方薬を助産所迄取りに来るようにとお菊に伝えた。 「お水をしっかり飲むこと、滋養をつけて、そして良く動くこと」 産後は横になることが当たり前だったこの時代に、その説明に月はいつも苦労をしていた。 …出来ることはこれくらい。後は小雪さんの回復力を待つしかないわ。 「これから暫くは、毎日伺いますね」 「でも…あの…お金が…」 小雪は、お菊を見ながら小さな声で言った。 …あ。お金の事。かんざし婆さんに聞かないと怒られそうだけど。 「いつでも良いわ。心配しないで…」 それを聞くと小雪はほっとした顔をした。 「必ずお返し致します」 具合が悪いのにも関わらず、小雪はきちんと座り手をついて頭を下げた。他の湯女とは違い小雪で大人しく物腰が穏やかな印象だった。月も挨拶をすると部屋からお菊と共に出た。 「あの子はね。武士の娘さんだったんだよ…悪い男に騙されて、男が作った借金を返しているのさ」 お菊は小さな声で言った。 「お上品だし大人しいからね、客も良くつくんだよ。きっちり治して早く働いて貰わないとねぇ」 それでも遊郭などとは違い、ここに居る湯女達は買い物へ出かけたりすることも出来るし、割と自由な生活をしているとお菊は教えてくれた。 「炎症が酷いので、ここ数日は様子を見てくださいね」 「あら…死んじゃうのかい?あの子」 お菊は、あっけらかんとした調子で月に聞いた。 「かなり重症です」 高熱が続き酷い脱水で体力は落ちているし、感染も酷い。抗生剤が無いこの時代、月もどうなるのか正直分からなかった。 「そうかい…幼馴染にだけは知らせておくかねぇ。御足労だったね、良かったら店で団子でも食べてっておくれ」 お菊はそういうと、賑わう店へとさっさと戻ってしまった。 「人が死んでしまいそうだというのに…この時代で人が死ぬのは当たり前のことなのかしら?」 月は物置小屋を振り返り、湯屋を後にした。来た道を戻り、佐川志位大通りに出た。米屋や材木屋、呉服屋に鍛冶屋など色々なお店が通りにひしめき合っていた。 「わ♪時代劇のセットみたい」 月は店の前を歩くだけでわくわくした。良い香りがしてくるので見てみると、何件か連なる焼き鳥屋を見つけた。それそれの店の前で娘達が一生懸命呼び込みをしている。 「へぇ~焼き鳥屋さんなんてこの時代からあったのねぇ」 呼び込みの娘たちに声を掛けられないように、気を付けながら歩いた。 「わ…ちょっとグロい」 両手を広げた状態の姿焼きの鳥が何種類か見えた。 「そこの大きなお姉さん!寄ってってよ」 随分離れた店から売り子の娘が走ってきて、月の手を引いた。 「え…あの…」 「お姉さん ここらで見ない顔だねぇ。どこの人?」 娘と言っても年齢は小学生ぐらいだろうか。この時代の子供は、年齢の割に大人びていると月は思った。 「あ…あの水琴窟に居候させて貰ってるの」 月は戸惑いながらも答えた。答えた後で助産所のかんざし婆のところに居ると言えばよかったと後悔した。 …うん。こんな小さな子に教育上宜しくないわ…よ…ね。 「うわぁ!!あんたが夜伽様かいっ!!うわぁ~♪」 娘は目をきらきらさせて、興奮し月の袖をしっかり握ったままで大きな声で叫んだ。 「本物だぁ♪本物だぁ♪」 それでなくとも大女で通りでは目立つ存在の月に、通りを歩く人々の目がいっせいにこちらを向いた。 「あ…あの…ちょっと…恥ずかしいからやめて…頂…戴」 逃げようとする月の袖に、ぶら下がる様にして娘は離れない。 「ねぇっ夜伽様!うちに寄ってって!ねっ!ねっ!!」 ちょっとちょっと~…と、娘は同じ店の他の売り子に声を掛けた。娘達3人掛りで無理やり店に連れ込まれた。 ―――とりや 入り口の提灯には店の名前が書いてあった。 …な…なんと押しの強い子達なの。 「おかあちゃーん!!夜伽様だってぇ~!!」 …しかも、なんのひねりも無いお店の名前。 10畳程の店内にいた客が一斉にこちらを見た。 「ちょっと…お願いだから、それはやめて」 無理やり椅子に座らせられると、店の奥からすぐに茶を持って女が出てきた。店の客たちは月の顔を穴が開くほどじっと見つめていた。 「へぇ~あんたが人魚様かい?」 女は月の前にことんと茶を置いた。 「何にする?今日は雲雀は無いんだけど、鶉がとりたてなんだよ♪それとも雀?」 娘達は、口々に今日のお勧めを説明し始めた。 「あの…ごめんなさい…お金持って無いの」 水琴窟で引き篭もりだったし、買い物など一度もしたことが無い。それに居候の癖に、おこずかい迄だなんて流石にお願い出来ない。 「良いよ!良いよ!食べていきな」 娘は、そう言うと母親と店の奥へと入って行った。 「ごめんなさい」 客の視線を感じつつ月は、この隙を狙って席を立ち、慌てて店を出た。 「こらっ!また勝手に家を飛び出して」 店を飛び出す瞬間に、出会い頭にかんざし婆にぶつかりそうになった。 「わっ‼︎」 どうやら月の目撃情報を辿って来たらしい。 「油断も隙もありゃしない。お菊の所で聞いたら、随分前に出たって言うじゃ無いか」 「ごめんなさい」 そう言うと、かんざし婆はすたすたと歩き出した。慌てて月はその後ろをついて行った。 「婆さん。この間は、嫁が世話になってありがとね」 この辺りでは、かんざし婆は有名人ならしい。ひっきりなしに町民が挨拶をして来る。 「やぁ。婆さん!松と梅は、6つになったよ」 「ほう。もうそんなになるのかい?時の経つのは早いねぇ」 …松と梅はいるのに竹がいないとは、これいかに? 話したそうにしている人々を素っ気なくあしらい乍ら、水琴窟とは別の方向へと歩き出した。 「あそこは三姉妹だったんだけど、真ん中の竹が去年 肺病で死んだんだ」 月の疑問を察したかの様に、かんざし婆が言った。 「産んでも育つのは、半分くらい…半分ならましなほうだ」 乳児死亡率が非常に高いと聞いてはいたが、改めて聞くと驚きだ。 「あんたの国ではどうだい?」 現代では、先進国の中でも日本が一番死亡率が少ない。 「世界の中でも日本は、赤ちゃんの死亡する率が低いんですよ」 長い間、アメリカを抜いて断然トップだ。 「へぇ…凄いねぇ」 かんざし婆は、未来の話をすると途端に生き生きとした顔になる。 すたすたと先を急ぐ、かんざし婆は、水琴窟とは違う方向へと歩いていく。 「あの…何処に行くんですか?」 「ついて来りゃわかるよ」 町を抜けて海の方へとかんざし婆は歩いた。 「また攫われたりしたら、困るからね。あんたがこっそりと抜け出す前に喜平のとこに行く事に決めたのさ」 喜平が住む小さな小屋はすぐに見えてきた。せり出した岬の周囲に集落が出来ている。 …あ。ここは! 月は思わず息を飲んだ。その地形には見覚えがあった。ただひとつ違うのは、岬の先の祠が無いこと。 「私…ここ覚えてます!!」 先を歩いていたかんざし婆を追い抜いて崖の方へと駆け出した。 「いかん!それ以上先へ行ってはいけない!崖から落ちちまうよ!」 それを聞いて、月は慌てて止まった。 …確かにここには祠があったのよ。 しかし、ただゴツゴツとした岩が転がっているだけだった。 「私は、この近くで潜ってたんです。そしたら突然大きな渦に巻き込まれて…」 「浮かんできたところを、喜平が網で掬ったんだね」 かんざし婆は、静かに言った。 「この場所はね、潮が沖へと流れてるんだ。漁師たちはここから船を出せば、漕がずに遠いところまで行けるからね」 …そういえばそんなこと言ってた。 「さあこっちだよ」 落ち着いた月を確認すると、かんざし婆はすたすたと歩きだした。喜平の家は岬からは一番奥まったところにあった。明るい日差しに照らされて小屋の前には網が吊るされており、風でゆらゆらと揺れていた。小屋の後ろには物置小屋があり、漁に使うものが入っているようだった。 「どうやら居るようだよ」 ちらりと干された網をみながら、かんざし婆は大きな声を出した。 「喜平!休んでるところ悪いが、ちょっと良いかい?」 ――― がらり。 小屋の戸はすぐに開いた。かんざし婆の後ろの月を見るとちょっと驚いた顔をしてから、ぺこりとお辞儀をした。 「こんにちは」 月も慌てて頭をさげた。喜平は、小屋に入れと手招きをした。 「突然来て悪いね…夜伽がお前と話をしたいと言うもんでね」 かんざし婆は、まるで我が家の様にずかずかと小屋へと入って行く。 「え…っと」 月が躊躇するのを見ると、喜平は再びどうぞどうぞ…と、手の平を玄関へと向けた。 小さな小屋の中はきちんと整頓されていると言うよりは、物が置いていない。質素な仏壇と、囲炉裏、大きな竹で編んだ蓋つきの籠ひとつ。 かんざし婆は、さっさと上がり框の端に腰かけた。 「お前が月を見つけた時の事を、詳しく話してくれ」 喜平は土間の土の上に棒でさらさらと絵を描き始めた。それはダイバースーツの月の姿だった。背中にボンベも付けている。 「やっぱり!吸い込まれた時のままだわ」 月は思わず声が出てしまった。もしかしたら、カメラも一緒にあったかも知れない。そうすれば、本当に自分が未来から来たと言うことを信じて貰えるかもと思った。 「その他にポケットパンツ…じゃ無かった…。これはありませんでしたか?」 月は喜平の絵に付け足すように書いた。それは、スーツの横に付けられるポケットだった。その中に細々としたものを入れていて、カメラやライトなどを入れられるようになっていた。 「なんだこりゃ?」 かんざし婆が絵を覗き込んで笑った。 「これじゃ何だか分らんね。絵心ってもんが、まるで無し」 …酷い。 「これがあれば、私がどこから来たのか信じて貰えるわ」 月は敢えて未来から来たと言うことは避けた。それはかんざし婆との約束。これ以上問題を起こしてはいけない。未来から来たことを知っているのは、かんざし婆と透だけだ。それも信じて貰えているかどうかさえ怪しい。 「袋みたいなもので、腰にくっついてたと思うんだけど」 …未来へ戻れるヒントになるようなものがあるかも知れない。 喜平は暫く考え込んていたが、あったような気がすると言う風に曖昧に頷いた。 「ほんと!それはどこにあるの?ここにありますか?!」 月は、自分を落ち着かせるように深呼吸をひとつした。 「ここにあるのかい?」 喜平は、静かに首を横に振った。 「じゃあどこにあるの?!誰が持って行ったの?!」 「そんな矢継ぎ早に聞くもんじゃないよ。夜伽。喜平が、答えられないじゃないか」 「でも…」 「喜平?誰かが持って行ったのかい?」 喜平が頷いた。 「誰が持って行ったんだい?」 喜平は眉をひそめて困ったような顔をした。 「わからないんだね?」 かんざし婆は、ひとつひとつを確認するように聞いた。もどかしくて仕方が無い気持ちを、月は必死に抑えた。結局、物置き小屋に置いて居たが、半日程経ってから、やっと朝の漁の片付けをしようと小屋を覗いてみると、無くなってしまって居たとの事。 それはそれは大騒ぎで、隣村や町からも大勢詰め掛けていたので、そのどさくさをついて、盗んだのだろうとかんざし婆は、月を慰めた。 ーーー ぽたり。 床に涙が落ちて、板の目にじわじわと染み込んでいく。 …ここに来れば少しぐらい手掛かりがあると思ったのに。 期待が落胆へと大きくシフトして、動揺を隠せない。こんな事でみっともないと思い必死に我慢すればする程、鼻の奥がツンとして涙が溢れ出てきた。 「あーあー。なんだい。 全くしょうがないねぇ」 かんざし婆は、面倒くさいと言わんばかりに溜息をついた。 「ごめん…なさい。連れて来てくれて…ありがとう…ございます」 「命があっただけでも感謝するんだよ。びーびー泣くのはおやめっ!」 ーーーばしんっ。 …うぐっ。 節くれだった小さな手が、月の丸まった背中を力一杯叩いた。 突然、喜平がドタドタと土間を上り、大きな葛籠を開けた。そしてその中から綺麗な手拭いを大切そうに持って来たので、慌てて涙を手で拭った。 ーーー ひらり。 手拭いを喜平がそっと開いた。 「あっ!」 月は思わず声を上げた。 「これは…なんだい?」 かんざし婆も横から覗き込んだ。 ーーー腕時計とネックレス。 秒針はスムーズに動き続けている。 かんざし婆は、不思議そうに眺めていた。 「へぇ…一度大きな舶来品をどこぞのお屋敷で見たよ。こんなに小さいのかい?」 この時代に時計があった事に月はちょっと驚きを感じた。 「本当に不思議だねぇ」 現代の様に娯楽で溢れて居ない。若い人からかんざし婆の様な大人の人達まで、好奇心が旺盛だ。 「喜平さん…いつか朝の漁に一緒に連れてって貰えませんか?私を見つけた場所まで。」 「何言ってんだい!お前は水琴窟の仕事で忙しいだろ?!そんな暇は無いよ。」 かんざし婆は、慌ててふたりの間に割って入ったので、月は諦めて、二人の前で時計を嵌めて見せた。 「ちょっと気分転換してきます」 そう言って外へと歩き出した。 森や木々は山伝いに海辺の側まで鬱蒼と茂っているし、現代に比べると空気も美味しい。先程迄の落ち込みを吐き出そうと月は精一杯深呼吸をした。 「何だい。突然…変わった子だよあんたは」 煙草をぷかりぷかりと、近くにあった小さな桶の上に腰掛けて、かんざし婆は月の背中を眺めていた。 何か手掛かりが掴めると思っていた月は、酷く落胆してしまった。 親切に面倒を見てきてくれた、かんざし婆には申し訳ないと思い態度に出さないようにしようと思えば思う程、苦しい。
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