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おかえり
おかえり、理恵ちゃん
叔母はいつもそう言ってくれる。田舎の叔母の家だ。両親を早くに亡くし、わたしは叔母に引き取られ、育った。いまはこうして社会人として、都会で暮らしているが、お盆には毎年帰って来るのだ。
「今年はとくに暑かったけど、こっちは涼しいよね」
山に囲まれた田舎だからってことはないけど、ここらはとくに涼しいようだ。
それでも日中は暑くなるんよ
叔母はそう言って笑う。たしかに昼間は暑い。蒸し暑いというか、青臭い草いきれがむっと鼻を撫でる。わたしはあんまりそれが好きじゃない。
「みんな元気かな?」
誰のことだい?と叔母は言う。
「やあね、村のひとたちよ」
村なんてこの辺りにはないよ、と叔母は怪訝そうに言う。でもずっと小さいころから、わたしはよく遊びに行ったんだ。裏手の小道をずっと上った先に、その小さな村はあるんだ。
裏の小道?
「そうよ、裏の小道よ。ずっと上って行くと小さな村があるでしょう?」
そんな話聞いたことがない、と叔母は言う。そんな馬鹿な、とわたしは叔母の家を飛び出してしまった。だってほら、わたしと同い年のちーちゃんとか、雑貨屋のお婆ちゃんとか。みんな小さいわたしをかわいがってくれたのに?
裏手の小道。ずっと駆け上がった。ほら小さな祠が目印。そこを曲がったところにわたしと同い年の、ちーちゃんの家がある。でも、そこには…。
「お墓?なんで?」
そこは裏山の墓場だった。村なんかなかった。わたしはなにがなんだかわからなくなった。ずっと小さいころから遊んでいた。村のみんなと遊んでいた。それが墓場だなんて。辺りが急に暗くなった。わたしはここにいちゃいけないと思った。何か顔のようなものがそこらに浮かんでいるのが見えた。それがじっとわたしを見てると思った。ここから逃げなくちゃ!わたしはそう思い、急いでもとの小道を駆け下りた。
「ただいま!」
勢いよく玄関の戸を開けようとしたが、鍵がかかっているのか開かなかった。
「叔母さん!開けて!わたしよ、理恵よ!」
必死に叫んだ。もう怖くて怖くて仕方なかった。うしろからあの顔たちが近づいてくるような気がした。
「叔母さん!開けて!おねがい!」
「おいきみ!なにしてるんだ」
そう男のひとの声がした。恐る恐るふりむくと、警察官が立っていた。どうやら駐在さんらしい。
「叔母の家に帰って来てるんです。でも開かなくて」
「開かないって…そこはもう何年も前から人は住んでいないよ?たしか前沢きくさんだったか…。癌で亡くなって、それ以来だれも住んでないんだよ」
「え?だってわたし、毎年ここに帰って来てるのに…」
じゃあわたしはいったい、どこに帰って来ていたんだろう?いや、さっきまで叔母と話してたよね?いったいあれは何だったの?
夕暮れの、青臭い草いきれのなかに、その家はひっそりとたたずんでいた。それは半分崩れかけた家で、その縁側にわたしの荷物がぽつんと置かれていた。
「あの!わたし…」
振り向くと、駐在さんの姿はなく、でもそこにはあのなつかしい同い年のちーちゃんがいた。ニコニコ笑って、ただ首だけが、宙に浮いていた。
おかえり
ちーちゃんの首は、そう言った。
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