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いつも仲間外れだ。この家にいるのに。この家にいるのに家族になれないから悲しいよ、ずっと。
「ただいまぁ」
ちゃんと聞こえているよ。聞こえているから言っているよ。挨拶しているよ。
「お帰り」
だって、ただいまとお帰りってセットだから。
今日の1番手のお帰りは甘えん坊でニコニコしているこの家のアイドルの星太君。車からジャンプして降りてママから貰った鍵を開けて、まだシーンと静まり返った家に靴を脱いで入る。
「た・だ・い・まぁ」
星太君の声に答えたくなって返す。
「お帰りぃ」
?の星太君。もしかして届いたのかな。だとしたら言い続けているから嬉しい。
玄関に正座してママを待つ。ママはニコニコしながら言う。
「ただいま」
ギュッと抱きしめられた星太君。ママに抱えられて洗面所へと消えて行った。
「パパはいつ帰って来るのかな」
パパ大好きな星太君。だけれどきっといつものように、パパが帰宅する頃には夢の中なのかな。
「どうかなぁ、星太が起きている時に帰って来てくれたら良いのにね」
ママの言葉に何度も頷く星太君。ちょっと目に涙を浮かべている事、ママはすぐに気づいて涙がこぼれないうちに今日2回目のギュッ。
「ただいまぁ」
あれっ? パパじゃない男の人。この人は一体誰なのだろうか。
「えっ」
ママがフリーズ。顔色が悪くなっているけれど大丈夫だろうか。
星太君は玄関に行ったままのママが帰って来ないので心配して、おやつのグミを持ったまま戻って来た。
「ママーどうしたの?」
「ごめんごめん、すぐ行くよ。お帰り」
ママの笑顔が少しぎこちないと感じた。3人で居間へ入って行った。一体あの男の人は誰だろう。とても気になる。
少しして、その男の子と星太君が手をつないで階段を上がって行く。
「お兄ちゃん似てるね星太に」
お兄ちゃん? この家は3人家族じゃなかったのだろうか。でも、フリーズしていたぐらいだから、普段はいない人なのだろう。
「星太は僕の弟だからね。似ているんだよ」
ママが慌てて玄関の外で電話している。ちょっと申し訳ないが話が丸聞こえ。
「顕太が、ただいまって帰って来たのよ。・・・・・・人違いじゃないわ。私と貴方にそっくりなの。私、目が点。赤ちゃんで天国に行ったのに中学生になって帰って来たの。本当よ、だから早く帰って来て」
内容的にはこんな感じだけれど、スポーツ大会で優勝して、お彼岸に帰る事が出来る権利を得たから、とパパに説明している。嘘のような本当の話らしい。
この家に来て3年半。星太君の事は知っているけれど、お兄ちゃんの顕太君の事は存在すら知らなかった。
とてもママに似ている。星太君はママとパパ半分くらいかな。2階の部屋の様子を見てこようかな。滅多に玄関から中の様子を見る事はないからドキドキワクワク。
「これがお兄ちゃんのスケッチブックね」
「うんサンキュー。色鉛筆とクレヨン幼稚園で使うでしょ?良いのかな使って」
ニコニコで頷いて、クレヨンのケースをスライドさせ色鉛筆のケースを開いた。
「これはお家用なの。お誕生日のプレゼントだよ」
「そっか。良かったな」
「ただいま」
パパが帰って来た。パパがいつになく走って家の中へと駆け込んで行く。玄関を閉め忘れているから閉めてあげよう。
「顕太、驚いたよ。お帰り。本物だよな」
「うん、パパただいま」
「お帰り顕太、こんな日が来るなんて。元気そうで何より。いつまでいられる」
「マイクつけられてて。マイクから帰りの指示が出たら帰る」
パパが涙ぐみ何度も頷く姿を見て、この家の家族は絆が強いなと感じた。
「パパぁ、いっつもねお家に入るの星太が1番でしょ?ただいまって言うと、お帰りって聞こえるんだよ」
「ママは何も。星太すごいねえ」
ママが星太君の頭を撫でてパパも耳が良いのはパパに似たんだなって言っていて。本当に羨ましい家族だなあ。
顕太君は星太君とお風呂に入った後に、マイクで呼ばれて帰って行った。
「また、ただいまって帰って来るよ」
家族にそう告げて。
この家のパパとママに助けてもらった11歳の僕。この家の玄関で両親から逃げて息絶えた僕。この家族をずっと見守っていたくて家族に一員になりたくて。だから、だから玄関タイルに魂の殆どを残した。
今日も星太君がただいまを言ったから僕は言う。
「お帰り」
(了)
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