悲鳴を欲する生き物の話

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 “ヤバエモだった! いま心ぐっちゃぐちゃ!” 「は……」  自分の口から落ちた短い言葉が、一人きりの部屋に静かに響いて消える。  どうにも信じられないけれど、これは私の作品に対しての一言なのだろうか。  私に対しての一言だと、思ってもいいのだろうか。  ふっと口から息が漏れ、鼻の奥がツンとした。  感想サービスとは全然違うソレに、私は泣きそうになっているのだ。  私の小説を引用して文字数を稼いでいた人よりも、ずっと短い一言。  詳細に褒めてくれた人とは全然違う文面。  しかし、その投稿に添えられた一言が安っぽいとは微塵も思わなかった。  ――私だってそうだったのだ。 「号泣したし、なんかよく分からないけど凄かった」  子供向けだと思っていた作品に対して、最初に私が発した感想はそれだけだった。  でもその一言の中に、私の感情ぜんぶが含まれていたのだ。  この人もきっと、あの時の私に近い感情を吐き出してくれたのだろう。  あの時と同じくらいに、いま、心が震えている。 「……今日の分、更新しよう」  日課となった行動をして、更新のボタンを押す。  今日も変わらず、ブックマークの数は増えていない。  それでも全然構わないと、今は素直に思えた。  先ほど読んだ一言を思い出して、口元が緩む。 「……心、ぐちゃぐちゃになったんだ」  意味もなく口にして、噛み締めるように飲み込む。  きっと私は、心から出るこの悲鳴を聞いてみたかったのだ。  うわーとかぐわーとか、マジでやばいとかエモいとか、そんな簡単な言葉でいい。  嬉しくて泣きそうになる。今後もずっと、私はあの一言を思い出して笑うのだろう。  私の欲しい言葉を考えて綴ってくれた売り物の1000文字の感想を、軽々と超えてその悲鳴は私に届く。  私はこの投稿をしてくれた人が誰なのかを知らない。  ずっと動かなかった「4件」の中の一人なのかもしれないし、昨日初めて私の作品を読んでくれた人なのかもしれない。  顔も声も知らない誰かの悲鳴を聞くために、私は今日も何もない場所に向かって一人で言葉を綴るのだ。
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