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 警察とは異なる組織、都市警察。  国直属の組織であり、従事者の扱いは国家公務員である。そんな都市警察の中でも特殊犯罪捜査課は、特別な事案を扱う部署であった。  通称『怪異班』――  誰が命名したのかは知らないが、怪奇現象とは全く関係ない。  目を覚ました尚登は、目に映る後ろ姿を見、声を掛ける。 「安城(あんじょう)……さん?」  喉がイガイガする。それが、渇きのせいだとわかったのは、勧められ水を飲んだ時だ。 「慌てないでゆっくりね」  あまりにも勢いよくコップの水を飲み干す尚登に、安城ミサトが声を掛ける。 「遠鳴君、丸二日も寝てたのよ?」 「え?」 「どこか不快なところは?」 「……いえ、特には」 「そう。ドクターも、顔の小さな傷以外、怪我や中毒症状はないようだと言ってはいたけど……」  安城の話を聞きながら、周りを確認する。多分ここは都市警察本部内の医療棟。壁に掛けられた電磁時計の日付は、確かにあの日の二日後だった。 「あの日のことは、覚えてる?」  そう訊ねられ、ゆっくりと記憶を遡る。  潜入捜査。  罠。  絶体絶命。  ……右腕。  ハッと息を呑み、辺りを見渡す。が、右腕は、見当たらない。 「あのっ、俺、どうしてここにっ?」  所々明確ではない記憶。夢だったと思いたい不可思議な体験。 「遠鳴君からの連絡が途絶えて、そのうち武装した男たちが倉庫内に向かい始めたところで私たちが突入を決めたの。でも、いざ中に入ったら全員倒れてて……あ、マルタイは死亡が確認されたわ」 「……倒れて、」 「組織の連中はそのまま連行した。けど、原因不明の昏睡状態が続いてる。調べたけど、薬を使った事実も発見できなくて。どうして目を覚まさないのかわからなくて困ってる。話を聞こうにも、遠鳴君も眠ったままだし」 「すみません」  頭に手をやり、謝る。 「ん?」  右手に違和感。見ると、金色の腕輪が嵌められている。 「これ、なんです?」  見覚えのない腕輪。見ると、なにか文字のようなものが刻まれているようだが、まったく読めない。 「ああ、それドクターも困ってたわよ。外そうとしても外れないって」 「外れない?」  試しに左手で腕輪を掴み、手首を潜らせようと試みる。が、 「嘘、マジでっ?」  外れなかった。 「ね?」  見覚えのないソレを、しかしどうすることも出来ずに一旦諦める。 「目が覚めたばかりで混乱してるわよね。もう遅い時間だし、聴取は明日にする。今日はゆっくり休んで頂戴」  安城はそう言って尚登の肩に手を置いた。  安城ミサトは、遠鳴尚登の相棒である。  彼女は尚登より四つ年上の三十歳。ずば抜けた頭脳と体力の持ち主であり、怪異班の紅一点でもある。美しく凛とした佇まいは捜査員たちの憧れだが、いかんせん性格はきつめ。だが、唯一の後輩である尚登には優しい一面も見せてくれる、頼りがいのある先輩だった。 「ドクターには意識が戻った、って話しておくわね。じゃ、また明日」  軽く手を挙げ、部屋を後にする彼女に軽く頭を下げる。二日間も寝ていたというが、どういうことなのか。 『力を使いすぎたせいであろう』  声が、した。  正確には、音として聞こえたわけではなく、直接頭の中に語り掛けてきたような感じだった。そして語り掛けてきた主を、尚登は忘れてはいなかった。 「……まさか」  きょろきょろと、例のものを探す。しかし見当たらなかった。 『夢でも見たと思ったか?』  小ばかにしたような言い方をされ、ムッとする。 『さて、話をしようか』  キンッと甲高い音がし、右手の腕輪が光った。眩しさに思わず目を細めると、腕輪が勝手にするりと抜け、光りながら形を変えてゆく。へと。 「……うわー。やっぱ夢じゃないわけね」  思わず半眼でそう呟く。なにしろ目の前に現れたのは、腕、だ。シュールすぎる。 『契約のことは覚えているか?』  言われ、あ、と思い出す。契約を交わすとか交わさないとか、確かにそんな話をした気がする。 『汝は我と契約を結んだ。故に、助けた』  確かにあのとき、尚登は藁にもすがる思いで助けてくれと、言ったのだ。  それにしても、目の前のいる(ある?)のは、である。まさか自分が腕に向かって助けを求めていたとは。知らなかったとはいえ、滑稽だ。 「その、契約って具体的には、なに?」  真面目な顔で腕を相手に話している自分がおかしくもあったが、仕方ない。そこはもう、割り切るしかなかった。 『我は異世界からここに飛ばされてここへ来た。なんとかして元の世界に戻りたいが、力を使えるだけの器がないのだ』  器がない。  確かに、腕しかないわけだからな、などと真面目に考え、一瞬笑いが込み上げる。 『そもそもこの世界には、がない』 「魔素?」  聞き慣れない言葉に、つい聞き返してしまう尚登。 『魔法を発動する際に必要となるエネルギーのようなものだ。それがないと、魔法が発動しない』  そうは言うが、あの時、銃を向けられ乱射されたにも拘らず傷ひとつついてはいないし、あの場にいた全員を言った通りに眠らせてくれている。あれは魔法ではないのだろうか? 「魔法、使ってたよな?」 『それに関しては、我も思うところがある。どうやらこの世界には魔素はない。だが、似たような気を感じたのだ。邪悪な、負のオーラのようなもの』 「負の……オーラ」  スピリチュアルな話はまったく詳しくない尚登である。が、人間にはオーラがある、程度のことはなんとなく知っている。信じるかは別として、確かに人間は『気』のようなものを出しているのかもしれない。そして、負のオーラ、というものもあるのかもしれない、とは思う。 『この世界に来てからあの場所で、動くことも叶わずじっとしていたのだが、何故か汝たちが訪れた日、負のオーラが大量に流れ込んできた。我はそれを取り入れることで汝と契約を結ぶことが出来たのだ』 「はぁ」  負のオーラ、は、悪人たちから出されたものであると推測する。 「契約って、俺、サインとかしてないけど?」  一応聞いておく。と、腕はクックック、と笑って答えた。 『あの時、汝の血を一滴、いただいている』  血……。頬の傷がそれか、と合致する。 「でも、なんで俺と契約を?」  あの場には多数の人間が混在していた。尚登以外も。その中で、なぜ自分が、と思ったのだが……、 『我は全員に呼び掛けた。だが反応したのは汝だけであった』  意外だった。  他の人間には腕の声が聞こえなかったということか。  そして「腕の声、ってなんだよ」と一人で突っ込んでみる。 『改めて言う。我の名はヴァルガ。汝の名は?』 「俺は……尚登。遠鳴尚登だ」 『ナオト。これからは我のため、役に立ってもらうぞ』 「役に……って、」  話の途中で、部屋の扉が叩かれる。ヴァルガ(うで)は一瞬光ると、その形を変え、尚登の腕へと戻って行った。
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