アンデッド

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アンデッド

 魔王エリックの築いた城は、質素で、しかしながら人間であった頃の名残か、使い勝手の良い美しいものであった。城に住まうのは当然ながら魔王エリックの配下となる魔物たちである。人型をした者が大半だが、時折、獣のような者もいる。エリックの話では、魔物は獣の姿にも人型にもなれるらしいが……。  そもそも魔王マリガルスも、人型を取っていたが元は黒龍だ。 「さ、リリス様、こちらを」  頭に角のあるメイドが笑顔を向けドレスを見せてくる。  ここはリリスに与えられた部屋。明るく、陽の射す美しい部屋だが、今は厚いカーテンがその大きな窓を覆っているため、暗い。この体には日光があまりよくないとのことだ。要するに、腐敗が進んでしまうというのである。 「着替え……ですか?」 「ええ、なるべく体を清潔に保った方がよいとのことです」  腐るからだ。難儀である。  しかも崩れやすい体なので、着替えるのも一苦労なのである。 「こんな体で生きても意味がないじゃない」  思わずポツリと本音が漏れる。 「あら、そんなことありませんわっ。完全なるアンデッドになることが出来れば、もっと生活は楽になります」  完全なアンデッド……。ちょっと意味が分からない。 「それに」  メイドが続ける。 「エリック様はリリス様をアンデッドとして完成させたいわけではなく、我々同様、魔族として復活させることを掲げていらっしゃいますもの」 「……魔族として」  そうじゃない。そうじゃないのだ。 「私は人として死にたかったの。それなのにっ」 「リリス様、命には限りがあり、一度失くしてしまえばそれでおしまいです。もし、目の前で大切な人を亡くしたとして、けれどその命を救い上げることが可能なのだとしたら、リリス様はどうなさいます?」  聞かれ、改めて考えてみる。  もしあの時、自分だけが生き残り、エリックが死んでいたら……。  目の前の魔王の心臓を喰らうことで、エリックを取り戻せると知ったら、そうしたら自分は、どう動いたのだろう、と。 「私……わからないわ」  その時どうするかはわからない。  けれど、今やっと、エリックの『気持ち』には近付けた気がしていた。 「それに、エリック様はリリス様のことだけを救ったのではありません」 「え?」 「先の戦いで傷付いた魔物たちを配下に加えたと同時に、敵だった我々の救護にも、その後の復興にも力を注いでくださいました」  自分で薙ぎ倒しておきながら復興というのもおかしな話であるが。 「リリス様は魔物を怖いと思っておいででしたか?」 「え?」 「醜悪で、非道で恐ろしいものだ、と?」  そんな風に聞かれると、なんだか困る。  確かに人間だった頃は、魔物は悪だと認識していた。でも、何故? 自分がアンデッドになって初めて気付いたが、特に邪悪になったわけでも気が荒くなったわけでもない。城で見かけた光景も、殴り合いや罵り合いではない。皆、普通だった。  つまり、 「魔物も人間とあまり変わらない……?」 「ええ、その通りです。勿論、種によっては気性の荒い者たちもおりますが、それは人とて同じでしょう? しいて言うなら、見た目や力の差。それを恐れた人間たちが、勝手に魔物を悪だと決めて戦いを仕掛けてくるのです」 「……そんな、」  かつて聖女として戦いの最前線にいたリリスにとって、それは認めたくないことだった。しかし、確かに言われればその通りなのだ。国王直下に出された命は『魔物の根絶』だが、そこに『理由』は存在していたのだろうか? 今更そんなことを疑問に思うだなんて、遅すぎる。 「私はリリス様を責めているのではありません。魔物として今、存在していることに、おかしな嫌悪感を抱かないでほしいと思っているだけですわ」  そう言ってニッコリ笑う。 「リリス様がこの世を去り、エリック様がどれだけ嘆き、悲しみ、苦しんだか。その結果マルガリスの心臓を喰らい自ら魔物となったこと、リリス様の魂を捉え復活させたこと。そのすべてが、嘘偽りなくすべて、リリス様への愛からきていることだと、そのことだけは忘れないでくださいまし」  その言葉に、困惑する。  勇者とは、なんだったのか。  聖女とは、なんだったのか。  王命を受け、遥か北の大地まで向かい、命を投げ出す行為は何だったのか。  大人しく着せ替えさせられて行く自分の姿を鏡で見る。所々腐った体。見るもおぞましいその容姿。これが聖女だ。元、ではあるけれど。今や自分を浄化することすらできないただのアンデッドだ。心が同じであったとしても、もう、あのころとは別人なのだ。 「……私はやはり、死ぬべきだったのね」  ぽつり、口から漏れ出た言葉を拾い上げたのは、魔王エリックだった。 「聞き捨てならないよ、リリス」 「エリック様!」  メイドが慌てて頭を下げる。 「お待たせして申し訳ありませんっ」 「いや、構わないよ。俺が待ちきれなくて迎えに来ちゃっただけだから。……それより、」  エリックが腰掛けているリリアの後ろに立ち、目の前の鏡越しにリリアを見つめた。 「リリアはどうしても俺のことを非難したいみたいだね」  悲しそうな顔で鏡の中のリリアを見つめる。 「そ、それはっ、」  非難したいわけではないのだ。でも、結果的にはそうなってしまうのかもしれない、と、リリアは眉を寄せる。 「俺はね、リリア。こうして闇に身を投じた今でも、君に恥ずかしいような真似は何もしてないんだ。まぁ、リリアの意に反して蘇らせちゃったってことは謝るよ。でも、信じてほしい」  跪き、そっとリリアの手を取る。 「俺は、リリアを愛してるんだ」  まっすぐ見つめられ、リリアは顔が火照るのを感じた。実際はアンデッドなので青白いのだが。 「君の体が朽ちないうちに、その魂の定着を成し遂げたい。もう少し待っててくれ。必ず君を……君に、命を」  きゅ、とリリアを抱き締め、エリックはリリアのこめかみにキスをした。パラパラと数本の毛が抜ける。 「私を魔物にする、ということですよね」  リリアがエリックの腕の中で、問う。 「……そういうことになる」  それしか、リリアを取り戻す方法がなかったのだから仕方がなかった。 「……私は、どんな魔物になるのでしょう?」  それは、本当に自然に出てきた言葉である。  どんな形、どんな属性の魔物になるのだろう。  好奇心。 「リリス、それって……、」  エリックが目を丸くしながらリリスを見つめた。 「私、エリック様とだったら……生きていけます……よね?」  アンデッドは生きていないけど。  もし、彼が望むのなら。  そして自分が、今まで見てきた世界以外のものを見る勇気を持つのなら。  案外魔物であることは問題にならないのかもしれない、とリリスは思ったのである。 「もちろんだ! 俺は絶対にリリスを幸せにする! この命に代えても!」 「それは困ります。私はエリック様と一緒だから生きたいと思っているのですから」  ふふ、と笑みを浮かべる。 「ああ、リリス! どんな姿にだって、望むまま叶えるさ!」  エリックは喜びのあまり、リリスの体を力一杯抱き締めてしまう。そして慌てて手をかざし、復活の呪文を唱える。 「生とは何か、死とは何か。私はずっと、そんなことを考えながら生きてきました。聖女という使命を果たすため、諦めてきたことも沢山あります。ですが……」  ふい、とエリックを見つめる。 「これからはもう少し、欲張りに生きてみようと思います。……あなたの、隣で」  エリックの赤い瞳がリリスを映し出す。 「一刻も早く、君の体を作り上げよう。そして結婚しよう、リリス」  三度目のプロポーズである。  エリックはリリスの頬にそっと触れると、口付けを交わした。    魔物たちの住む国。  末永く幸せに暮らす、ただの二人のお話である――。
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