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 柚那はその言葉を信じ、メンタルクリニックへ初診予約の電話をし、受診することにした。  初診の日、柚那はメンバーに見つからないように、時間を見計らって、隣町にあるメンタルクリニックへ向かった。柚那は問診票やテストなどを書き終えると、診察室へ案内された。女性医師からいくつか質問をされ、柚那の話を親身になって聞いてくれた。 「もしかしたら、適応障害かもしれないね。自分の置かれた環境に馴染めず、不安感や抑うつ気分、仕事に行きたくないなどの様々な症状・問題が出てきて、生活に支障をきたす状態のことを言うの。様々な要因で起こりえるんだけど、隠岐さんの場合は特に生活環境の変化と人間関係から起きたかもしれないかも。とりあえず今はアイドルを休んで、気持ちを整理しましょ。再診の時に状況をまた教えて」 「分かりました。ありがとうございます」 「自分を責めちゃ駄目よ。今はゆっくり休むことを考えて」  女性医師は丁寧に優しく接してくれた。柚那は女性医師の言葉に、心が少し楽になった気がした。  柚那はマネージャーに受診結果を伝えると、アイドルを休業した。ファンからは心配する声があり、柚那は正直嬉しかった。こんなにも自分のことを気にかけてくれるファンがいるのだと今更ながら実感する。明里から何度かメッセージや電話があったが、柚那は怖くて出なかった。そしたら、いつしかパッタリと連絡がなくなった。  クリニックを受診して、早二ヶ月。カウンセリングのお陰もあり、体調は少しずつ良くなった。  そんな時に母からタイミング良く電話がかかってきて、柚那は電話に出る。 「もしもし、元気? ご飯はちゃんと食べられてる?」  柚那は母の優しい声を聞いて、今まで我慢していたものが込み上げてきて、泣きじゃくった。母は静かに「うん、うん」と相槌を打ってくれて、柚那の話を傾聴してくれた。 「グスッ……。ごめん、泣いちゃったりして」 「ううん、良いのよ。柚那はいつも頑張り屋さんだから。よく頑張ってると思う」 「……そう? でも、もう疲れちゃったよ。アイドルの理想と現実がぐちゃぐちゃになって、誰を信じればいいかさえも分からなくて……」 「お母さんもお父さんも柚那の味方よ。いつでも頼って頂戴」 「うん、ありがとう」 「それで、今言うタイミングか分からないけど。辛かったら、こっちに帰ってきたら?」  母からの「帰って来たら?」という言葉に心が揺らいだ。しかし、柚那の中では帰省したい気持ち半分と、中途半端にしたくない気持ち半分があった。 「そうだね。でも、今は待ってくれているファンの皆もいるし、自分の中でやりきりたい気持ちがあるから、すぐには帰れない。ごめん」 「いいのよ。それは柚那が決めればいいこと。あとで後悔しないようにやりなさい。でも、無理は駄目よ」 「うん、分かった。お母さん、話を聞いてくれて、ありがとう」  柚那は鼻をすすりながら、母に感謝の気持ちを伝えた。そして、電話を切った後、今までのことを振り返り、「ファンにきちんとお別れを伝えるべきだ」という結論に至り、その旨をマネージャーへ伝えた。
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