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 明里はそう言うと、瞳を潤ませ、寂しそうに帰っていった。こういう迷惑行為が何度も続き、柚那はその都度、店主と女将に謝罪した。そして、柚那は意を決して、寮に帰宅したのち、明里に店へ来ないように伝えることにした。 「ごめんけど、店主も女将さんも結構怒ってるから、お店に来るのはやめて……いや、控えて欲しいんだけど」 「そうだよね。明里、迷惑だったよね」 「いやいや! 迷惑とかじゃなくて……」 「ううん、誤魔化さなくて大丈夫だよ。ごめんね」 「分かってもらえたみたいで良かった。明里ちゃん、ありがとう」  柚那は明里が駄々をこねるか、もっと執着してくるかと思っていた。こんなにすんなり受け入れてくれるなら、もっと早めに言うべきだと思った。  その日を境に、明里はバイト先に顔を出すことはほとんど無かった。来たとしても、店の商品を沢山買ってくれたり、店主や女将にも今までの無礼を詫び、営業の邪魔にならない程度に楽しく喋っていた。柚那に対する態度も普段通りだった。  明里と楽しく過ごすそんな日々はかけがえのないもので、互いの目標に向かって満身創痍で頑張る仲になった。  そんなある日、母から電話があった。 「もしもし、最近、全然電話無かったけど、何かあったの?」 「あっ、ごめん。こっちでの暮らしが楽しくて」 「楽しくてじゃないわよ。こっちは連絡の一つもないから心配してるっていうのに。しかも、上京してから全然帰ってこないじゃない。少しは顔ぐらい見せなさいよ」 「うん、分かってるよ。お母さんには前にも言ったけど、レッスンやバイトが忙しいって言ったじゃん? 今は頑張り時なの。お母さんには迷惑かけないからさ。時間が出来たら、そっちに帰るから、もう少し待っててよ」 「また『もう少し待っててよ』よ。柚那のもう少しには期待出来ないわ」 「そんな怒らなくてもいいじゃん。ちゃんと学校も行って、成績もいいし、何があってもいいように、バイト先の和菓子屋でノウハウを勉強してるんだし」 「そうは言ってもね……。我が子が心配なのよ。これからはちゃんとこまめに連絡してよ。メールでもいいから」 「はいはい、分かりました。でも、本当に忙しいんだから、そこも分かってよね。じゃ、そろそろ切るよ」  柚那はぶっきらぼうに答え、早々に電話を切った。その後も母から「帰ってこないの?」と何度も言われたが、柚那は何かと帰省できない理由をつけては、自分が夢に見ていたアイドルの活動にのめり込む一方だった。
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