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「ん? どうした?」 「あの、グループの皆とはあまり会いたくないんですけど。今日ってレッスン日だから、出くわしちゃいますよね?」 「……分かった。そこは配慮するから、安心して」 「ありがとうございます」  マネージャーは何かを察したかのような顔をし、柚那の要望に応じてくれた。柚那は重い体を頑張って動かし、身なりを整えて、マネージャーの車に乗り、事務所へ向かった。  幸いにもメンバーはスタジオでレッスン中だったため、鉢合わせになることは無かった。それでも見つかったら、どうしようと柚那は不安になり、息が詰まりそうだった。そして、マネージャーに個室へ案内され、部屋に入るなり、柚那は大きく深呼吸した。 「とりあえず向こうの席に座ろうか」  マネージャーは優しく声をかけてくれ、席まで案内してくれた。そして、柚那と向かい合わせになるように腰を掛けた。静まり返る個室で開口一番にマネージャーが柚那に質問してくる。 「……なにかあったの? 話すのが辛いなら、無理にとは言わないけど」 「あの、これ……見てもらえますか?」  柚那はマネージャーに例のアプリを開いて、録画内容を見るようにと携帯を手渡した。柚那自身はあまり聞きたくなかったため、無意識に耳を塞いだ。 「分かった。見てみるね。見終わったら、教えるから」 「はい……」  柚那はマネージャーが見終わるまで俯いたまま、耳を塞ぎ、じっと待った。数分後、マネージャーから携帯を返された。柚那が顔を少し上げ、チラリとマネージャーの顔を窺ったが、真っ青な顔をして、眉間に皺を寄せていた。 「これはいつから?」 「えっと、三枚目シングルのセンターに選ばれてからです」 「そっか。でも、柚那は明里と仲良かったでしょ? それなのに、なんで……」 「私も驚いてます。私は何も悪いことしていないのに。明里は『センター頑張ってね』って言ってくれたのに、裏ではこんなことをしていて。もう誰を信じればいいか分からないです」 「そうだよね。これは流石にメンバーには言えないね。社長には報告しないといけないから、そこだけは分かって。勿論、守秘義務は守るから、安心して」 「ありがとうございます」 「そこでさ、柚那は嫌かもしれないけど、メンタルクリニックへ一度受診して欲しいんだけど、それは出来るかな?」 「そ、それは。……そうですよね、メンタルクリニックへ行った方が良いですよね。でも、どこへ行けばいいか分からなくて」 「それなら、ここのメンタルクリニックへ行ってみたら? きっと柚那の助けになると思うから」  マネージャーはそう言うと、一枚の名刺を取り出し、渡していた。そこにはメンタルクリニックの名前と電話番号が記載されていた。柚那はおもむろにマネージャーの顔を見たが、マネージャーは優しく微笑み、「大丈夫だよ」と言ってくれた。
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