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子供たちの願いとは別に、もう一つ。切手は貼られているが、宛先の住所はなく宛名だけ記されている。
「友達に、書いたんです。今更なんですけど」
差し出された封筒を受け取りながら、清香が呟いた。
「私。臆病なんです、昔から。友達との約束、破っちゃった」
男は身じろぎもせず、噛みしめられた唇が開くのをただ待った。
「三和ちゃんに。中学の卒業式の夜。一緒に、この町出ようって」
三和の父が、仕事をクビになったこと。次の仕事が見つからず、働いてくれなくて困っていたこと。突然、三和の母が出て行ってしまったこと。そんな状況を聞かされ、清香は三和に両手を握りしめられた。
「自分も逃げたいって。一緒に家出しようって」
追い詰められた三和の表情に、肯くしかできなかった。
「駅までは、一緒に行ったんです。ホームから。電車の開いた扉に乗り込んで」
やっと自由になれる。なんでもできる。三和は熱に浮かされたようにしゃべり続けていた。
「でも。電車の出発のアナウンスが流れて。私は、降りた」
清香は怖かった。子供だけでこの先どうしていくのか。不安に耐えられなかった。
振り返った三和が、閉じて二人を隔てた電車の扉にとりついて何か叫んでいた。しかし、いくらガラスを叩いても、動き出してしまった車両は止まらない。見えなくなるまでずっと、叫びながら、叩きながら怒っている三和を、清香はなす術もなく見送り、夜の線路の向こうに消えてしまっても、立ち尽くしていた。
「本当は、三和ちゃんも。怖かったと思うんです。何の当てもなく飛び出したって――なのに、一人にしてしまった。あんなに強く握られた手を、離してしまった。あとから探すにも、私、合わせる顔がなくて。うちの両親が、三和ちゃんの父親を説得したんですけど、結局、勝手に出て行った娘なんかって捜索願も出さなくて、見つからないままで。もう、六年も経って今更だけど、三和ちゃんに申し訳なくて。私にもしものことがあるなら、最後に会って、謝りたいって――でも。手紙なんか書いたって、どこに出したらいいか、わからないのに」
「僕。投函しときますよ」
男が清香の手からそっと封筒をさらった。なんでもないような言い方に驚いて、清香の瞳の縁で涙が止まった。
「大事な手紙でしょう」
立ち上がる男は当然の顔をしている。
「でも」
住所もなく、届くわけがない。子供たちに教えられた、都市伝説なんかにのっかって書いただけなのに。戸惑う清香に、男は戸口で振り返った。
「明後日、満月ですから」
「そう、なんですか」
「窓開けとくといいです。届きますよ、月」
目をぱちくりさせている間に黒ずくめの男は消えてしまった。
結局、誰? 我に返ると、配達しようのない手紙を扱う郵便局に申し訳なくなった。自分の名前と住所は書いたから戻されるだろう。ゴメンナサイと心の内で手を合わせる。
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