Plologue.

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Plologue.

 スマホの着信音が聴こえる。……おかしいな、音は消してあったはずなのに……。  おぼろげな意識で手元を探ろうとすると、とつぜん頭がぐらりと揺れた。ドンとぶつかったような感覚で、次の瞬間、右首に突き刺さっている異物がさらに内側へ捻りこまれる。液体が溢れ出し首筋を濡らす。続いて身体が跳ね上がり意識が分散する。お尻が温かいものにじわりと浸されていき、おねしょをした記憶がよみがえる。  何か大変なことが起こっていることはわかるのに、妙に冷静に状況を見定めようと思考が巡った。だがそれは古い白黒のフィルム映画のようにパタパタとして、フラッシュだけが眩しく感じられる。  首筋に、かすかな冷たさ。酷く酔って公園の古びたタイル敷きのトイレに顔をへばり付けて眠り込んだ冬の明け方の記憶、身体に当たる異質な硬さと微妙な濡れ。冷たいと感じたのは、咄嗟に手を這わせた先の自分の皮膚の温度よりもたしかに温かいものに触れて――そうだ、風呂の適温を確かめたときに覚えるような指で抄う液体の……、いや、手のひらに出しすぎたクリームを腿に擦り付けたときに不意に気づく自分の体の熱さか冷たさのような――そんな感じの温度差でそう認識しただけで、それは絶対的には冷たくはなかったのかもしれない。もしくは硬さを冷たさと捉えたか―ー。  電灯は消され、暗闇と思っていた居室も、見上げた先にある月の光に照らされてそう暗くもなかったことを知る。ああ、もうきっとどうでもいい。この思考が長くは続かなさそうなことを、今、目の前で自分に刃物を突き立てる者の目が、明らかな殺意をこめて放っている眼光で十分に語られている。  なんとか首を傾けて口元に視線をやる。気づくと息がかかるほどの近さで、ほのかに微笑んでいるその顔の中心だけが見えた。  子どもの頃、見上げた大きな木。土だらけになって転がり回った。  今思えばあの頃が本当に楽しかった。  他人に恨まれるような生き方など、してこなかったはずだ……。  口の中でジャリッと音を立てたあの異質な感覚と音が思い起こされる。  口からは言葉の代わりに温い液体にまみれた空気がごぼりと零れた。腹部が押し付けられ、体に突き立てられた固形物がめり込んでいく。息ができない。月の灯を反射してその銀光が部屋の少し黄ばんだ白いスイッチパネルにちらついた。視界が液体で霞む。血なのか涙なのか体液なのか判断できない。  重みから解放される。視界が白む。明かりが灯された気がした。鳴り響いていた着信音が止み、それとは別の騒々しさが内からか外からか響いてくる。意識が遠退いていく。  こんなにも簡単に―ー。ごめん、ごめん……。
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