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口元を引きつらせた太一さんが、おそるおそるといった、私のごきげんをうかがうような態度で質問してくる。
「傷を抉るようで申し訳ないんだけど、すももちゃんは朝海になんて言ってフラれた?」
「エ!? 円山先輩、すももをフったの!?」
「トモ、いったん静かに」
え、なんでこの人私がフラれたの知ってるの? でも待ってそしたら灯深がそれを知らないのは何? もしかしてそっちのおさななも事情筒抜け?
「……週刊誌に私とのゴシップが載る寸前まで行って、そういうのうっとうしいから別れたいって……」
太一さんが、顔を両手で覆って天を仰いだ。塞がれた口元から、呪いの言葉のような、朝海、ボケ、などという単語が漏れ聞こえる。
「えっ、待って待って、それは違うじゃん!」
静かに、を守れない灯深が声を荒らげる。それは違うじゃんとはいったいどういう。
「仮にすももがフラれるとしても理由が違うじゃん!」
「いや、もう、トモ、俺はすべてを理解したんだ、頼むから黙ってくれ…………」
燃え尽きた様子の太一さんと、その太一さんの肩を掴んで揺さぶる灯深。意味が分からない。
何か、私の知らないもう少し踏み込んだ事情でもあるのだろうか?
「なに……?」
「すもも、まさか知らな……!?」
「何を……?」
「円山先輩はッ」
「待てトモ俺が話す」
口紅がてのひらにつくのも厭わず、太一さんが力尽くで灯深の口をふさいだ。もごもご言っている灯深に目配せして、少し時間をかけて見つめて落ち着かせ、ゆっくりと手を下ろす。
はてなになっている私に向き直ると、太一さんはゆっくりと話し出す。
「まず、俺の仕事は知ってるな?」
「ベイサイダーのユースの育成コーチ……」
「そう。所属的には朝海と近いワケ。だから、クラブの内情もある程度分かる」
「はあ……」
「週刊誌にすっぱ抜かれそうになった、それを寸前でやめさせた、ってのは嘘だ」
え。
目を、見開いた。
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