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雨が降っている。
空に伸びた枝葉の隙間から際限なく落ちてくる雨が、体温となけなしの体力を容赦なく奪っていく。
どこか雨宿り出来そうな場所はないか。
視線をあちこちに飛ばしていたせいで木の根に足を取られ、盛大に転ぶ。枝が掠ったのか、青黒い痣に覆われた腕に赤い血が滲んだ。
雨と混ざり冷たい土に落ちていく血を拭う。雨が降っていて良かった。これなら獣や魔物に気付かれずに済む。
それよりも今は、雨を凌げる場所を探さなくては。俺にはもう、帰る場所なんてないのだから。
なんとか身体を起こそうとしても無様に地面をかくだけだった。身体を起こすどころか、前に進む事すら出来ない。
虫の様に地面に這いつくばりながら、重い頭を上げた先。視界の端に二匹の魔物が映り込む。狼に似たその魔物は目をぎらつかせ、俺がくたばるのを今か今かと待っていた。
……こんな所で俺は死ぬのか。
泥と水を吸って重くなった服がまとわりつく。
蔑まれ、罵られ、理不尽に暴力を振るわれてきた。俺は何もしていないのに、存在しているだけで否定されてきた。
耐えて、耐えて、耐えて。耐え切れなくなって逃げ出した。持ち出したほんの少しの金と食料はあっという間になくなって。追手から身を隠しながら、盗んで食いつなぐのも限界で。街から命からがら抜け出して森に逃げ込んだ。
誰かに忌み嫌われる事もなく。誰かの視線を気にする必要のない森での生活に、自由と生を感じられたのは最初だけ。
街以上に見つからない食糧。仕方なくそこら辺に生えている草を食ってみても、苦いだけで腹は満たされない。安心して休める場所の見つけ方も分からない。
身体はとっくに限界だった。それでも歩き続けたのは、存在しても良いと、何処かに自分の居場所があるはずだと、思っていたかったから。だから必死に生にしがみ付いた。
じりじりと距離を詰められる。
腕に、足に、力を込めて身体を起こす。手足が震えて土の上を滑り、無意味と分かっていても冷たい地面に爪を立てた。生臭くて荒い呼吸がすぐ傍まで迫っている。
噛み締めすぎて奥歯が痛む。勝ち目がない所か、逃げ出す事すら出来ない。
……魔物に食い殺されて終わるなんて嫌だ。独りで死ぬのは嫌だ。
怖い。死にたくない。でも、何も出来ないまま終わる方が嫌だ。
見せつける様に濡れた犬歯を剥き出しにする魔物から目を逸らさない。手元に転がっていた細い枝を握りしめる。
せめて一撃。一撃だけでも食らわせる。
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