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Day3
「二通めも届けてくれたんだね」
その日の夜、丘の上で彼女はそう言った。
また同じ夢だ。
嬉しそうな彼女を見て、僕の頬もゆるみそうになる。この一年、まともに笑っていない。家族と会話すらしていなかった。久しぶりに温かさが胸になだれこんでくる。
「また中身見ちゃったけど」
わざわざ言いたくなるのは、罪悪感が残っているからだ。
「どうだった?」
「いい手紙だと思ったよ」
投函された手紙を家族は読んだだろうか。
彼女のお父さんとお母さんとゆかりという人は。
「ゆかりちゃんって妹?」
「そう、姉妹だったんだ。顔はそんなに似てないけど。小さい頃はしょっちゅうおそろいの服着せられてた」
僕はひとりっ子だから、きょうだいがいる感じはよくわからない。おそろいの服を着たふたりの少女思い浮かべる。どこにでもいそうな、でも誰かにとっては特別なふたりだっただろう。たとえば彼女の両親にとっては。
「死んで後悔してる?」
そんなこと訊かない方がよかったかもしれない。でも、気づけば口をついていた。
死を望んでいた僕が訊いてみたいと思ったから。
「そりゃあ、もちろんそうだよ。やりたいことたくさんあったし。みんなは悲しませちゃうし。でも、死ぬとだんだん感情って消えちゃうんだ。まるで何もなかったみたいに、どんどん薄くなってくの。後悔が深いほど地上から離れられない。もう何もできないのにね」
今日の彼女はよくしゃべる。
これだけ話すということは、お別れが近いのかもしれない。頭のすみでそう思って、その予測が当たらないことを願った。彼女と話す時間を大切に思いはじめていたから。
「だから手紙を書けてよかった。燈真なら渡してくれるって思ったから頼んだんだよ」
「僕の名前知ってるんだ」
そう言うと、彼女は少しだけさみしそうな顔をした。口の端がわずかにゆがむ。
「一番つらかったのはね、死んだことじゃなかったんだ」
彼女がもう一度口を開く。
「自分の感情がだんだん薄くなるって言ったでしょう? その代わりに地上にいる人の気持ちはよく見えた。友達のも家族も、まるで細い煙が空にたちのぼるみたいに、わたしを想ってるのがわかった。だから、ちゃんとお別れを手紙で言おうと思ったんだよ」
僕は息をするのも忘れて、彼女の話に聞き入った。
死んでからも、ひとりでそんなことを思うなんて。僕は自分のことで精一杯だったのに。それどころか、勝手に自分の殻に閉じこもって何も見えないままだったのに。
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