星に願いを 君に灯を

5/10
前へ
/10ページ
次へ
Day3 「二通めも届けてくれたんだね」  その日の夜、丘の上で彼女はそう言った。  また同じ夢だ。 嬉しそうな彼女を見て、僕の頬もゆるみそうになる。この一年、まともに笑っていない。家族と会話すらしていなかった。久しぶりに温かさが胸になだれこんでくる。 「また中身見ちゃったけど」  わざわざ言いたくなるのは、罪悪感が残っているからだ。 「どうだった?」 「いい手紙だと思ったよ」  投函された手紙を家族は読んだだろうか。  彼女のお父さんとお母さんとゆかりという人は。 「ゆかりちゃんって妹?」 「そう、姉妹だったんだ。顔はそんなに似てないけど。小さい頃はしょっちゅうおそろいの服着せられてた」  僕はひとりっ子だから、きょうだいがいる感じはよくわからない。おそろいの服を着たふたりの少女思い浮かべる。どこにでもいそうな、でも誰かにとっては特別なふたりだっただろう。たとえば彼女の両親にとっては。 「死んで後悔してる?」  そんなこと訊かない方がよかったかもしれない。でも、気づけば口をついていた。  死を望んでいた僕が訊いてみたいと思ったから。 「そりゃあ、もちろんそうだよ。やりたいことたくさんあったし。みんなは悲しませちゃうし。でも、死ぬとだんだん感情って消えちゃうんだ。まるで何もなかったみたいに、どんどん薄くなってくの。後悔が深いほど地上から離れられない。もう何もできないのにね」  今日の彼女はよくしゃべる。  これだけ話すということは、お別れが近いのかもしれない。頭のすみでそう思って、その予測が当たらないことを願った。彼女と話す時間を大切に思いはじめていたから。 「だから手紙を書けてよかった。燈真なら渡してくれるって思ったから頼んだんだよ」 「僕の名前知ってるんだ」  そう言うと、彼女は少しだけさみしそうな顔をした。口の端がわずかにゆがむ。 「一番つらかったのはね、死んだことじゃなかったんだ」  彼女がもう一度口を開く。 「自分の感情がだんだん薄くなるって言ったでしょう? その代わりに地上にいる人の気持ちはよく見えた。友達のも家族も、まるで細い煙が空にたちのぼるみたいに、わたしを想ってるのがわかった。だから、ちゃんとお別れを手紙で言おうと思ったんだよ」  僕は息をするのも忘れて、彼女の話に聞き入った。  死んでからも、ひとりでそんなことを思うなんて。僕は自分のことで精一杯だったのに。それどころか、勝手に自分の殻に閉じこもって何も見えないままだったのに。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加