星に願いを 君に灯を

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 景色がどんどん淡くなる。  僕はふいに目を開けた。  いつもの天井がそこにある。手をのばすと、指先が手紙に触れた。彼女が書いた最後の手紙。宛先を確かめる前に、グーグルマップを起動する。いつものように帽子を被って、手紙とスマホを持って出かけるつもりだった。これが彼女の最後の願いになるだろうから。僕はろくに手紙を見ずに、勢いだけで家を出た。彼氏の家の前では長居したくない。僕は家の近くの公園まで歩いた。そこでベンチにでも座って、落ちついてなかを確認して、それから届けるつもりだった。  今日もよく晴れている。彼岸花はしぼみかけていた。もうお彼岸も終わりなのだ。彼女が夢に現れた日々も、同時に終わりを迎えていた。近くの公園にたどり着く。風のにおいを吸いこんで、ひとつのベンチに腰かける。  小さな公園だから遊具がほとんどなくて、誰もいないところも気に入っていた。他人の目を気にすることなく、彼女の手紙を読みたかった。  サコッシュから手紙を取りだす。宛先の住所に目を奪われた。 ○○市○○町二十番地の四。  それは僕の家の住所だった。  隣に添えるように名前が書いてある。  佐伯燈真さま。  小さなシールをはがすと、白い便箋に言葉がつづられていた。 『燈真へ  一年前、いきなりいなくなってごめんね。燈真が苦しんでいるのを見て、いてもたってもいられなくなって、手紙を書くことにしました。そしたら、親友のちーちゃんにも、家族にも書きたくなっちゃった。 最後のわがままを叶えてくれて、本当にありがとう。燈真は今でも、わたしの大切なひとです。ときどき風になって会いにいくね。                  あかりより』                            (――あかり)  言葉が確かな重みをもって胸になだれこんでくる。  一年前のことを、僕はすっかり忘れてしまっていた。それは、あかりを亡くしたからだった。  あかりの「初めての彼氏」は僕のことだったのに。  世界が色をなくしたのは、あかりを永遠に失ったから。そのかなしみに耐えかねて、すべての記憶に蓋をして、好きなことさえなくしていた。僕がこうなったのは、ちゃんと理由があったのだ。世界が灰色に見えたのも、消えたい気持ちでいたことも。  全部忘れてしまったのは、そうしないと息をすることすらできなかったから。大切な人を忘れる代わりに、僕はひとり死んだように呼吸するしかなかったのだ。  目を閉じると、夢でみた彼女の面影が浮かんでくる。笑っているのに、泣いてるような顔。そんな表情をさせていた犯人は僕だった。痛みに耐えかねた弱い僕が、全部忘れてしまったから。 (ごめん、あかり)  唇を強く噛みしめる。  油断すると泣きそうで、鼻の奥がつんと痺れた。彼女を悼んで泣くことすら、僕はできなかったのだ。  僕は手紙をそっとたたんでサコッシュのなかにしまうと、きのう彼女の手紙を投函した家にむかった。水門パレス。一年前、最初にデートしたときも、僕はその家に行ったのだ。どうして今まで忘れていたんだろう。  彼女の名前は、高橋あかりだった。 (燈真の絵が好きだよ)  そう言ってくれたのはあかりで、それをきっかけに仲良くなった。  あの日、僕は彼女のために絵を描こうと決めたのだ。どんな絵でも見てくれたから。あかりは喜んでくれたから。
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