星に願いを 君に灯を

8/10
前へ
/10ページ
次へ
 305号室。チャイムを鳴らすのは、すごく緊張した。できればまわれ右をして、逃げかえりたいくらいだった。ほどなくして、ガチャンと重い扉がひらく。出てきたのは、五十代くらいの女の人。あかりのお母さんだった。 「あ、燈真くん?」  その人は僕を下の名前で呼んだ。僕のことを覚えてくれているのだ。それだけで、申し訳なさがあふれて立っていられなくなりそうだった。今さらどの面下げて。そう思われてしまうだろうか。あかりを守れなかったのに、と。 「元気になったの? 具合悪かったんでしょう?」  目の前の人が心からそう言っているのが伝わって、僕は二の句が継げなくなる。言わなきゃいけないことを、今ここで言わなければ。 「おばさん、すみませんでした。あかりを、あかりさんと一緒にいたのに、守れなくて」  耳鳴りがする。その場で倒れそうになりながら、自分を罰していたことに気づく。誰も責めてくれないから、そうするしかなかったんだと。  世界の色をなくして、記憶ごと自分の過失をなかったことにしようとした。そんなことをしても、あかりは戻ってこないのに。そう告げると、あかりの母親はみるみる目をうるませて、 「ばかねぇ」  と笑った。  その笑顔はハッとするほど生前のあかりによく似ていた。  どうやら僕の謝罪は必要なかったみたいだ。あかりの母親も最初から僕を責めていなかった。その事実に耐えきれなくて、僕は自分で自分の首を絞めることしかできなかった。ふたつめの用件を思いだす。ここであかりの家族に会えたら、訊こうと自分で決めたこと。 「あの、あかりさんのお墓を教えてもらえませんか? ひとりで手を合わせに行けたらと思ってるんです」  僕がそう訊くと、墓地の住所をおばさんは教えてくれた。僕は依然弱いままだ。過去を思いだせても、ふがいない自分が変わるわけじゃない。過去の後悔や痛みは、この先もずっと残るだろう。でも、そんなことをあかりは望んでいないって、夢のなかでわかったから。  お礼を言ったあと、思わずおばさんに訊いてみた。 「あの、手紙は読みましたか?」 「手紙?」  おばさんが怪訝な顔をする。ポストを間違えたんだろうか。いや、そんなはずはない。僕はサコッシュのなかから、手紙を取りだそうとする。あかりからもらった手紙。  それなのに、もう手紙はなくなっていた。僕は愕然としてサコッシュのなかを探したけれど、何回見ても同じだった。 「手紙は届いてないけど、少し前ちーちゃんも来てくれたの。あかりの親友の女の子。燈真くんと同じようにお墓参りしたいって。偶然かもしれないけど、すごいタイミングよね。そういえばゆかりも、あかりの夢を見たって言ってたなぁ。おばさんも会いたかったなぁ」 「僕も夢を見たんです。あかりの」  それだけは本当に間違いない。  僕が思いださないから、彼女は三日間も続けて現れてくれたのだ。 「あかり、なんて言ってた?」  手紙の文面を思いだす。彼女が伝えたかった言葉。  たくさん頭に浮かぶのに急に胸がつまって、言えたのはたったひと言だった。 「風になって、会いにいくって」  そう言うと、おばさんはもう一度目に涙を浮かべて、「そうなの」とつぶやいた。  
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加