諭吉、変身。

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 2019年、令和元年の話し。  松坂さんは、自ら発足した特殊詐欺グループの元締めだった。  とにかく金を集めた。  集めた金は、自宅の金庫に厳重に保管した。  犯罪で稼いだその金は、迂闊に世間には出せず、安全に使うにはマネーロンダリングが必要だった。  まず一千万円が貯まった時点で、纏めてマネーロンダリングのプロに資金洗浄を委託する手筈だった。  洗浄の依頼料として、一千万円の二割、二百万円を請求されるが、それでも濡れ手に泡で八百万円の利益になるはずだった。  そして金庫の金が一千万円に達し、マネーロンダリングのプロへの引き渡しを控えた夜。  松坂さんは、金庫の中の一千万円を運搬用の鞄に詰め替えようと、その扉を開けた。  金庫内には、一万円札を百枚ごとに分けて帯封した百万円の札束が、十束入っている。  そのうちの一束を手にして、目の玉が飛び出んばかりに仰天した。  厚さ一㌢の百万円の札束の一番上にある一万円札、その右側に描かれているはずの福沢諭吉の顔が、知らない変なオッサンの顔に変貌していたのだ。  百枚重なる一万円札の右端を、パラパラと上から下まで隈なく捲って見たが、全て変なオッサンの顔が印刷されていた。  残りの九束も同様に調べたが、どれも漏れなく変なオッサンの顔だった。  第一、紙幣自体のデザインも珍奇だった。  偽札だ! と松坂さんは思った。  自宅に侵入した何者かが、金庫の中から一千万円をごっそり盗み出し、馬鹿にしているのか、代わりに変なオッサンの顔が印刷された偽札にすり替えて行ったのだ!  金庫がある部屋には、防犯カメラが設置されていた。松坂さんが最後に金庫内をチェックしたのはその前日の夜だった。  松坂さんはすぐに、前夜から現在までの防犯カメラの記録映像を確認した。だが終始、無人の部屋が映るばかりで、侵入者の痕跡など皆無だった。  もはや、金庫の中で一千万円の福沢諭吉の顔が、独りでに変なオッサンに変身したとしか思えなかった。 「なんだよこれは⁉︎ チクショーめ!」  訳が分からぬ怪現象に、頭に来た松坂さんは、変なオッサンの偽札の札束を全て、車で近所の河原に運び、灯油を掛けて焼却処分した。  その数日後、松坂さんは詐欺罪で逮捕され、裁判で四年の実刑判決を受けた。  それから四年後の、2023年、令和5年。  刑期を終え出所した松坂さんは、新紙幣が製造されるというニュースをテレビで見て、驚愕に目を見張った。  ニュースで発表された新一万円札のデザインの肖像画。そこに描かれている、変なオッサンの顔に、見覚えがあったからだ。  渋沢栄一。  それは四年前、あの金庫内の一千万円の福沢諭吉の顔が変身し、偽札だと焼き捨てた、変なオッサンの顔に違いなかった。  あれは偽札ではなく、未来から現れた新紙幣だったのだ。 「あれも一種の天罰なんでしょうか?」  今は更生した松坂さんは、しみじみと呟いた。    
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