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あの屋上にいたときの夕焼けはとっくに西に沈み、あたりはすっかり暗闇になっていた。電灯の明かりが灯り、空にはきらびやかに暗闇の中で輝く満月があった。幻想的でいつもの景色を見ていると、松陰さんが話しかけてきた。
「そういえば、お主ついさっき低級霊に暴れさせる前に祓い屋がなんとか言っとたな。」
(暴れさせる…?)
たしかに、私は祓い屋がこの世にいるはずないと信じていた。祓い屋を信じてしまえば、またアレのことを信じることに等しいからと。
私が困惑に困惑を重ねて、唇に手汗がびっしりついた手をあてていると
「しかし暴れさせたとは…さすが濱口チカの妹だな。」
「濱口…チカ?」
私はさらに絶句し、あてていた手汗が滲んだ。松陰さんから出てきたその名前は、私の姉の名前だったのだから。
濱口チカ、助教で民俗学という儀礼・信仰・社会・経済などの伝承資料から文化を読み取っていくという簡単に言えばあやかし絡みの学問での期待の新星だった私の姉。あやかしによって殺された、私の恨むべき相手を作った私の姉。
_あなたは…辛くても諦めないで…絶対に、この世のあやかしと、人間を結ばせるのよ…え、?だいじょぶ、あなたは、あやか、し、とかかわ れる_
この予言など絶対に当たらないと思っていたもののこの通りに、あやかしと付き合い始めてしまったのが今日なのだが。
「何ボロボロ言っとんじゃお主。それくらい耳にしたことくらいあるわ_一回、あいつ儂の家に道場破りを名目に足を運ばせてきよったからな。」
「え、ほんとそれ?」
姉との思い出をしんみりと振り返っていた私に追い打ちをかけてくる。
その目はなにも知らぬかのように、そっけなかった。
淡々と、情報を伝えているロボットのようだ。
「ホントじゃあ…儂にすりよがっとったし_何よりすべてを当ててしまう預言者じゃから、印象深くて。」
松陰さんはそっぽを向いて、少し怪訝そうにいう。
預言者、か。たしかに彼女は何もかも言い当ててしまう預言者だったのかもしれない。
今日の夕食をあて。
友達が結婚する相手を当て。
私の未来まで当ててしまって。
結局最後死んじゃって。
(こんな人に私のお姉ちゃんの話するのやっぱやめとこう)
心のなかで静かに呟く。
こんなロボットみたいなあやかしにしか興味のない払い屋だなんて、関わっても意味がないのだから。
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