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魔王は死んだ。
というか、殺した。俺たち勇者パーティ一行が。
人々を脅かす魔物を蹴散らし、冒険を重ね、森の奥の、更なる洞窟の最深部で、ついに魔王を打ち倒した。
息をめいっぱい吸い込むと、草の匂いが肺を満たした。風が草をサラサラと揺らす音を聞きながら、歩みを進める。視界の先、草原の中に点在する家々を認めた時、俺は、この村に漂う長閑さが恋しかったことに気がついた。
「勇者様!」
畑作業をしていた村人たちはこちらに気づくと、口々に声をかけてくれた。
「おかえりなさい」
「お早いお着きで」
「まだ王都にいるものだと思っていました」
「早くここに帰ってきたかったからだ」というと、皆は一様に顔を輝かせた。
「今すぐ歓迎の宴の用意をしましょう。きっとみんな、勇者様の帰還を喜びますよ」
「ありがとう。でもそんなに大仰にしなくても大丈夫だよ、だって、
俺はただ、この村に帰ってきただけなんだから」
魔王討伐から王都に戻った俺たちパーティには、豪華絢爛な宴が催された。端が見えないくらいの長テーブルに肉や果物が所狭しと並べられ、多分偉いんだろうけどよく知らないおじさん達の歓待を受けながら、延々と長い長い話をした。俺はそれだけでだいぶ腹いっぱいになってしまい、そそくさと王都を後にした。魔王討伐に向かうための資金を渡すときには渋い顔をしていたくせに、いざ成功したとなったら手のひら返しだ。
村から王都に向かう道中で仲間にした騎士や僧侶、魔法使いとは、そこで別れることになった。今頃彼らは王都で楽しくやっているに違いない。数年の冒険を共にしたとは言え、あくまでも関係はドライだった。「勇者」という肩書きがあったから、王都で貰える支度金があったから、魔王討伐における莫大な報酬が期待できたから、一緒についてきてくれただけだ。
桃太郎と同じだ。犬猿雉は、きび団子があったからついてきた。
魔王がいて、王都があって、魔法使いなんかがいるこの世界で、なんで俺が「桃太郎」なんて例え話を持ち出すのか。それは俺が、十数年間、日本で生きていたからだ。
ちょっと前までの俺は、ビロードのマントではなく学ランを着て、大地ではなくアスファルトを踏みしめて、高校へと通っていた。ある日、いつもと同じように学校へ向かっている途中、突然まばゆい光に包まれ、次に目が覚めた時には、俺は教会の中に立っていた。目の前には牧師がいた。その人は鳶色の目を僅かに潤ませながら、俺にこう言ったのだ。
「よくぞ来てくださいました、勇者様」
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