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「……勿論ですとも」
牧師は頷いた。
「現にあなたは、魔王を倒し、見事に凱旋を果たしたじゃないですか」
「それはぶっちゃけ、パーティーのみんなが強かったからですよ。王都からもらった潤沢な資金で雇った、優秀な面々によって、順当に倒すことができただけです。俺はリーダーとしてみんなを指揮したり、力の宿った伝説の剣を振り回していただけ。……それに正直、」
俺は躊躇いながら言葉を続けた。森の奥、洞窟の最深部で対峙した「あいつ」を思い出しながら。
「あれを『魔王』と言っていいのか、分からない。あれには碌な意思を感じなかった。この世界の人々への敵意とか、この世界をどうしてやろうとか、一切なかった。……あれはただの、一番身体が大きくて、一番力が強い、『魔物』だった」
電車の中を彷徨う、一匹の蛾の姿が脳裏に浮かんだ。うっかり車内に迷い込んでしまい、乗客に迷惑がられながらも、なんとか外に出ようと必死に飛び続ける蛾の姿。
「魔物は、この世界とは別の『魔界』から来るんですよね。俺はてっきり、魔王が『魔界』から魔物を引き連れて、この世界を侵略しにきたのかと思ってました。でも違った」
俺は床に目を落とす。言いながら、それでも真実は別にあってくれと願っている。
「魔王は、いや、魔物たちは、勝手にこの世界に召喚されてしまったんだ。自分の意思とは関係なく。それで混乱して、暴れていただけだ」
俺は、居場所を求めて彷徨っていた蛾を、地面に叩き落としたんだ。
あの時、洞窟の最深部で倒したあいつは、魔王なんかじゃなかったんだ。
俺は、勇者なんかじゃなかったんだ。
牧師は応えない。黙ってこちらを見ている。見ているのは、俺か、俺の背後にそそり立つ十字架か。
「牧師さん
どうして勇者でもなんでもない、ただの『俺』を、この世界に呼び出したんですか?」
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