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世界を支配する魔王。それを打ち倒すべき立ち上がった勇者。二人は様々な困難と因縁を乗り越えついに直接対峙するに至った。
魔王の居城の奥深く、事ここに至っては引き下がれぬ局面において、魔王と勇者がついに激突する!
「ねえ帰ろうよアーちゃん。もう魔王飽きたでしょ?」
「飽きるかアホー!あとアーちゃん呼ぶな、アデライード様と呼びなさい!」
……なんだか間延びした雰囲気の中で。
〇
魔王の居城。魔族の領土の中でもいっとう奥地、常人はおよそ踏み入れない魔窟である。周囲には凶暴な魔物が住み着き、猛毒の瘴気が満ち、危険な魔界植物が繁茂し、地図も目印もない。危険極まりない人跡未踏の地。
勇者として選ばれた少女は単身そこを突っ切って魔王の元まで強襲した。仲間の補助魔術があったとはいえ、頑健な体と神の祝福、そして何より彼女自身の驚異的な戦闘力にものを言わせた恐るべき強行軍である。
彼女の通った跡は文字通りの焦土と化し、魔物たちも恐れをなしてどこぞへ退散してしまった。今まともに彼女とやり合えるのはただ一人、そのものズバリ魔王のみである。
そんな人間界と魔界の命運を決める大一番、乾坤一擲、天下分け目の大勝負――であるハズなのだが。
魔王を前にした勇者はやけに平和そうな声。アーちゃん、などという親しげな呼び名は明らかに呼び慣れた響きだった。玉座に座る魔王に向けて、やや離れた位置の世界を支配する魔王。それを打ち倒すべき立ち上がった勇者。二人は様々な困難と因縁を乗り越えついに直接対峙するに至った。
魔王の居城の奥深く、事ここに至っては引き下がれぬ局面において、魔王と勇者がついに激突する!
「ねえ帰ろうよアーちゃん。もう魔王飽きたでしょ?」
「飽きるかアホー!あとアーちゃん呼ぶな、アデライード様と呼びなさい!」
……なんだか間延びした雰囲気の中で。
〇
魔王の居城。魔族の領土の中でもいっとう奥地、常人はおよそ踏み入れない魔窟である。周囲には凶暴な魔物が住み着き、猛毒の瘴気が満ち、危険な魔界植物が繁茂し、地図も目印もない。危険極まりない人跡未踏の地。
勇者として選ばれた少女は単身そこを突っ切って魔王の元まで強襲した。仲間の補助魔術があったとはいえ、頑健な体と神の祝福、そして何より彼女自身の驚異的な戦闘力にものを言わせた恐るべき強行軍である。
彼女の通った跡は文字通りの焦土と化し、魔物たちも恐れをなしてどこぞへ退散してしまった。今まともに彼女とやり合えるのはただ一人、そのものズバリ魔王のみである。
そんな人間界と魔界の命運を決める大一番、乾坤一擲、天下分け目の大勝負――であるハズなのだが。
魔王を前にした勇者はやけに平和そうな声。アーちゃん、などという親しげな呼び名は明らかに呼び慣れた響きだった。玉座に座る魔王に向けて、手前の大広間から声を届けている。
「アーちゃん、そう言えばそんな名前だったね。アデライードってかっこいい~。まあ中身はアーちゃんなんだけど……」
「どういう意味だコラァ!」
アーちゃん……ではなく魔王が激怒している。頭の横から伸びる捻くれた大角からぱちぱちと緑色の魔力が弾け、剣呑な気配を放っていた。
魔王自身の雰囲気がやたら平和そうなので驚異に見えないが、本来はこの魔力の発火ですら常人にとっては毒である。易々と会話を続けている勇者がおかしいのだ。
「苛烈にして冷酷、残忍にして酷薄、私は魔王アデライード!私のどこがかっこ悪いっての!?」
「だってアーちゃん、魔王になったの最近じゃん。魔王としてなんかした?」
「……」
「してないよね。せいぜい暴動起こそうとする魔物たちの鎮圧に出たぐらい。それすら鎮圧というか説得だったし。超・平和的解決」
魔王、いやアーちゃんがダンダンと足踏みをしている。要するに地団太を踏んでいる。言い返せなくて最早暴力で発散させるしかなくなったらしい。勇者はその様をぼんやりと眺めていた。
「というか、リリー!あんたがゴリゴリ侵攻してくるからでしょうが!魔物たちも殺気立つし、かといって立ち向かったら全滅必至だし!避難誘導がどれだけ大変だったと思ってんの!?」
「だって魔物たちが人間界に侵攻に来てたのも事実じゃーん。これ以上こっち来るなの意味も込めてけん制ぐらいはちゃんとしないと。まあ出力デカすぎて平野一個焼いちゃったのは悪かったけど……」
ごめんねー、なんて言う声はやたら軽い。敵対勢力の土地に極大の魔法攻撃をぶっ放したとは思えない口調だった。魔王の地団太が8ビートから16ビートに進化した。最早床を踏み抜きそうな勢いである。
「まあそれももう必要ないよね。だって今の魔王はアーちゃんだし」
「……なにそれ。何が必要ないって?」
「人間領と魔物領の戦争。侵攻路線をとってたのは先代の魔王で、もう失脚してる。アーちゃんにこっちと戦う理由はないでしょ。そもそもアーちゃん人間だし」
勇者が剣を鞘に納めた。戦う意思はないと言うことをわかりやすく示すためか、そのまま広間の床に腰掛けている。魔王を前にして本当に少しも警戒していない。口調だけでなく態度からしても、彼女が魔王を脅威に見ていないのは明らかだった。
ばちん!
勇者が目を丸くした。自分の座り込んだ少し先の地面。そこに強烈な雷が落ち、床がえぐれている。
城の中で自然に雷が落ちるなんてことはありえない。当然、それは魔力で生み出された攻撃である。
そして誰がその雷を落としたのかは語るべくもなかった。
「随分と舐めてくれるわね。愚かな勇者さん」
バチバチと大角の周りに火花を弾けさせ、長い黒髪を逆立たせている彼女。魔王。アーちゃん、ではなくアデライードその人である。
怒りからか、その目からも緑色の魔力が光となって迸っていた。
「私に戦う理由はない?笑わせる!勇者リリアンヌ。お前が存在することこそが、私が戦う理由だ!」
「ええ。私ぃ?」
雷を落とされ、名指しで攻撃の意志を示されてなお、勇者の態度は変わらなかった。怪訝そうな顔で自分のことを指さしている。
その態度がさらに魔王の琴線に触れたらしく、雷がまた二度三度勇者の周囲に落ちた。それを見ても勇者は表情を変えなかったが。
「忘れたとは言わせない。あの村でお前と共に育ってからずっとずっと……私はお前の引き立て役だった!私が挑戦した白魔術も剣術も通信術もなにもかも!後から始めたあんたの方が上回っていくんだもん!」
ああー、とか勇者が何かを思い出しているような声。魔王は更にヒートアップして言葉をつづけた。
曰く、皆の前で披露した剣術試合で恥をかかされたこと。村の祭りのレースで致命的なミスをしていたくせに勇者が勝ったこと。魔術で王都に留学できたと思ったらすぐに勇者まで追いかけてきてしまったこと。さらには選定の剣で彼女だけが勇者に選ばれたこと……。
どうも幼馴染らしいこの二人の、昔からの記憶。そして魔王の方はそれと共に味わった辛酸と敗北の味。それが貯まりに貯まって噴出しているらしかった。
「だから私は決めたのよ。全てお前の反対になってやるってね!お前が白魔術が得意なら黒魔術!武術が得意なら防衛術と逃亡術!通信術なら妨害!そして……勇者なら、魔王!」
「はー、それでアーちゃん魔王になっちゃったの?急に国を飛び出したと思ったら魔王の側近やってて、最終的には寝首をかいてその座に収まっちゃったし。びっくりしたよ」
「そうよ!驚き、慄き、恐れなさい!私の名はアデライード、魔王の正当後継者!そして……史上初めて勇者を打ち倒す魔王よ!覚悟なさい、勇者リリアンヌ!」
魔王の咆哮と共に、周囲の空気が鳴動する。緑色の禍々しい魔力が弾けながら魔王の口元へと収束した。闇魔術の最高峰、全てを破壊せしめる脅威の雷。それを放とうとしているらしい。
アデライードの漆黒の髪が、魔力の放散に合わせて蠢く。勇者の白銀のおぐしとは正反対だ。
彼女はこんなところまでこだわったらしい。昔は可愛らしい栗色の癖っ毛だったのに、今や見る影もないような黒髪のロングストレート。
そこまで自分と張り合いたかったのか。対抗心で魔王にまでなるほど。
そんなに自分のことが嫌いだったんだなあと、勇者は大魔術の準備をしている彼女を見上げながらそんなことを思い……ゆっくりと立ち上がった。
「無駄よ!お前の身体能力はここに来るまでに計測済み。この玉座にたどり着く前に魔法は完成するわ。不用意にも剣を納めたこと、精々後悔することね!」
アデライードが勝ち誇る。彼女の哄笑が辺りに響く。
雷はすでに発射の段階に入っていた。魔術が完成するや否や、まさしく光の速さで勇者を貫く槍になるだろう。
勇者にもそれはわかっていた。彼女の言う通り、これまで見せてきた勇者の脚力では、それを止められないと知っていた。
そう。これまでの勇者では。
「え」
アデライードの口元の魔力が霧散した。代わりに出てきたのはなんとも弱弱しい呼気の音。かふ、と漏れ出てくるそれは、腹部を強く圧迫されたことによって押し出された単なる空気だった。
「ごめんね。アーちゃん。ここまで本気を出してないの」
勇者が魔王の腹部に拳を叩きこんでいた。
玉座と広間の距離はそれなりに開いていた。小さめの建物が一棟程度は挟まるだろうか、という程度には。
しかしそんなもの勇者には関係ない。地を蹴り、魔王のもとへ肉薄し、その薄い腹に一撃を叩きこみ、失神させる。時間にして数秒にも満たなかったが、勇者にとっては十分すぎるほどの猶予だ。魔王は勇者の性能を見誤っていたのだ。世界を救う神に選ばれた人間にとって、この程度の距離は障害にならない。
もう一度魔王が呼吸を吐き出し、結局耐えきれずに崩れ落ちた。勇者が片腕でその体を受け止める。
魔王の体はその強大な魔力に比して小さく、軽く――勇者の知る『アーちゃん』と少しも変わらなかった。変わったのは魔王の証であるその大角と、魔力で変えただろう髪と目の色だけ。
それ以外のすべては自分の知る幼馴染のものだった。泣き虫で、負けず嫌い、いつも周りからの評価を気にしていて、そのくせお姉さんぶって、面倒見がよく、困っている誰かを放っておけず、悩みを一人で抱え込むお人好し。魔王としての強大な力を継承してすら暴虐を行えなかったその素行が、本人の資質を否応なく示している。
「悩みすぎて変な方向にぶっ飛び始めるのも相変わらずだよね。まあ、流石に私への逆張りで魔王にまでなっちゃったのは想定外だけど……」
あーあ、とぼやきながら勇者が魔王の体を抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこの状態にして自分の体に寄り掛からせた。
薄くて軽い体も自分と正反対だ。鍛錬すればするほど頑強に育ち、全身が筋肉と言えるほどの肉体を手に入れた自分と、どれだけ鍛錬しようと体質的に筋肉が育たなかった彼女。仮に彼女が勇者を抱えようとしても重さに耐えきれず潰れてしまうのだろう。
だけどアーちゃんはその方が嬉しかったのかもしれない。自分とは正反対、似ても似つかなくなるように心がけていたようだから。お前みたいな筋肉女にならなくてせいせいするわと言ってくるアーちゃんの姿が、勇者には容易に想像がついた。
「私はお揃いがよかったんだけどなあ……」
アーちゃんみたいになりたくて同じ習い事をして。アーちゃんみたいに魔術を極めたくて後を追って王都に留学し。あなたのようになりたくて頑張ったのに。その当人は私のようにだけはなりたくなかったみたいだ。勇者はどこか寂し気な表情を浮かべ、腕の中の魔王を見た。
が、すぐにケロッとした顔で一言。
「まあいいや。これから一生一緒だし」
勇者は帰還の転送陣を起動させた。これで一瞬で人間の王都まで戻れる。件の魔王が討伐されるどころか気絶した状態で運ばれてきたと知ったら大騒ぎになるだろうが……そこは勇者の腕力で黙らせちゃおう。
物騒なことを考えながら勇者は魔法人に向かって歩いていく。腕の中の魔王を愛おし気に見つめて、こう語り掛けた。
「大好きだよ、アーちゃん。これからは大嫌いな私と一生一緒だね」
かわいそー、なんて言う勇者の声は相変わらず軽い。というよりも他人事のよう。鼻歌交じりで転送陣をくぐると、その姿は瞬く間に見えなくなってしまった。
その後、とある王国では人質状態の魔王を盾に魔王領と人間領の和平が成立。両国の友好を示すために宿敵であった魔王と勇者の婚姻が執り行われたとか。
その魔王の顔がものすごい渋面で、ただし勇者は満面の笑みだったとか、なんとか。
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