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一見ただの正方形に見えるが、その箱は無数の細かいパーツがパズルのように組み合わさってできていた。加工技術が繊細すぎて、肉眼ではその継ぎ目が見えないのだ。
パーツには可動域があり、それぞれ押したりずらしたりすることができる。元々は宝物や極秘情報を収納するために作られたものだ。気の遠くなるような組み合わせの中から、正しい手順を踏むことによって、この頑丈すぎる箱は開く仕掛けになっていた。
青年は無心だった。特にこの不思議な箱を開けようとしていた訳ではない。彼は自らの身体に現れた前兆に強い不安を抱いていた。ずっと後ろ向きなことを考えていたくないので、ただぼんやりとこの箱をいじっていただけだったのだ。
「あれ」
カチッと小さな音が鳴った。青年が不思議に思ったその時、箱の上部のパーツたちが意思を持ったように動き始めた。
細かい金属音が重なり、設定された道のりを辿っていく。やがてパーツは一枚のプレートへと変化し、機械仕掛けの蜻蛉の姿が露わとなった。
「……蜻蛉?」
それは念入りに詰められた緩衝材の中で、孤独な眠りについていた。青年はそっと彼を手に取ってみた。硬く滑らかな手触りだ。ひたりとした艶を放つ黒と銀の縞模様。本物の蜻蛉以上に生き生きとした仕上がりだが、右の前翅が破損している。何かにぶつけてしまったのだろうか。
「すごい」
一体材質が何なのか想像もつかないが、これが途方もない技術の結晶であることは理解できた。保存していたあの箱と同じく、現代では再現することができない代物だろう。
こんなものが存在するなんて。機械工である彼は、この未知の機械とそれを作り上げた人間に、心から敬意を抱いていた。
その時、彼の休眠状態は解除された。
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