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嵐が去ったあと、青年の工房は珍しく閉まっていた。
大家には本気で取り組みたい仕事があるので、しばらく店を閉めると伝えている。相手は何も聞かず、頑張れよと承諾してくれた。もう後戻りはできない。青年は腹をくくった。
余計な情報を遮断し、ひとりの機械工は全神経を注いで四枚の義翅を作っていた。それは今までの人生の中で、最も密度の濃い時間だった。
この作業はほんの少しの狂いすら許されない。脳をぎゅっと加圧してようやく一粒だけ絞り出せる、凝縮された集中のしずく。その波紋を身体全体に広がらせ、瞬きも忘れて青年は取り組んでいた。
極薄の層が重なり合ってできた翅。一枚一枚丁寧に凹凸を付けていき、新たな翅を合わせる。それを何度も繰り返して五十層に達することで、ようやく一枚の義翅ができる。当然、一層でも誤差が生じれば最初からやり直しだ。
途方もない作業だった。実際、何度も腕が痺れて手元が狂い、やり直しを繰り返した。それでも青年はそれに苛立ちを覚えることもなく、地道に新たな翅を作り出した。ただ目的を達成するために淡々と動くその姿勢は、まさに虫のようであった。
限界が来ては気絶し、再び限界まで作業を続ける。徹夜も何度やったか分からない。睡眠不足で鈍る脳を無理やり集中させ、青年は取り組み続けた。
どれくらいの日数が経過したのだろう。気が付けば作業机の上には、四枚の精巧な義翅が現れていた。
自分は今、夢を見ているのかもしれない。青年はそう思った。まともに回らない頭にはそれを確かめている余裕などない。今はただ、そっとそれを彼の身体に接合していく。
ついに最後の一枚を接合し、機械仕掛けの蜻蛉は新たな翅を手に入れる。それを確認した瞬間、青年は気が緩んで突然気を失い、ばたりと作業机に倒れこんでしまった。
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