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「うわっ、動いた!」
彼は記憶を辿っていた。確か自分は翅を失い、修復を待っていたはずだ。今からようやく始まるのだろう。
しかし妙だ。もさもさの金髪に丸眼鏡、グレーの作業着。身長は百六五センチほど。この男はデータにない。いや、目にしているものすべてが、見慣れない情報の塊だった。
あれからどれほど時が経ったのだろうか。彼には分からない。ひとまず宙に浮かぼうとして、がくりと体勢を崩して仰向けになってしまった。そうだ、飛ぶことができないのだった。飛べる前提で設計された彼の身体は、あらゆるプログラムが異常を起こしてしまっていた。
青年はそっと彼の身体を起こしてやった。そして悲しげな声で言った。
「……君は飛べないのか」
空中戦では無敵の「ジャレナの悪魔」も、翅を失えばただの虫けらだ。日光を透過して輝くそれは、彼の存在価値だった。まさしく機械工の指先のように。
それを失ってしまうことは、どれほど虚しいことだろうか。もはやこの虫けらは、せめてその自慢の顎で、扱いにくいニッパー代わりになることしかできないのだ。
青年の丸眼鏡の奥にあるものに、ふたつの強い光が宿った。
「僕が、君を直してみせるよ」
こうして機械仕掛けの蜻蛉は、ひとりの機械工と出会った。
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