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やはり駄目だった。
彼はぴくりともせず空を眺めた。かつては自分の居場所だった世界。あの頃の自分が今の有様を見れば、一体何を考えるのだろうか。もはや敵だとすら見なされないかもしれない。
思えば、大切な翅を失ってから、今まで考えなかったことをたくさん考えるようになった。きっとAIに異常が起きているのだろう。もうあの頃には戻れないのだ。
衝撃の影響で薄れゆく意識の中、彼は青年との時間を思い出していた。
旧時代の遺物を売ることもせず、ひたすら機械工として向き合ってくれた人。つましい暮らしをしながらも、必死に自分を直そうとしてくれた人。手を加えることにトラウマを抱きながら、それでも自分のために翅を切ることを決意してくれた人。そして、結局何もできなかったと、無力感に苛まれながら出て行った人。
諦めたくない、と思った。
『もうこの国は終わるだろうよ。すまないなあ、お前を直してやれなくて』
朦朧とする意識のどこかで、しゃがれた声が聞こえる。それは箱で眠りにつく前の記憶だった。いつも身体を手入れしてくれていた人。その人は最後まで、直せずじまいだった彼のことを気にかけていた。
『人生ってのは、この前の嵐みたいなもんだ。えっちらおっちら頑張ったって、どうにも上手くいってくれんわい。もしかしたらこの先、もっと理不尽なことが待っているかもしれん』
思えば、みんなそうだった。時代も年齢も異なれど、機械に情熱を捧げた人間たちから、自分は確かな愛をもらっていたのだ。
『それでも、お前を直そうとしてくれる人間がいつかきっと現れる。どれくらい先になるかは分からないが、いつか必ず――』
立ち上がれ、と誰かが言った。
その瞬間、彼の胸の奥が信じられない熱を放った。
それこそ、まるで雷に打たれたようだった。電流が身体を駆け巡り、四枚の義翅が超高速で羽ばたき始める。心停止状態のそれが電気ショックを受けて鼓動を再開するように、完全に停止していたエネルギーコアが、再び動き始めていた。
機械製品は叩けば治る――言ってしまえば単純な方法であるが、強い衝撃を受けたことにより、そんな奇跡が起きたのである。
だが、落下の衝撃はあくまでもきっかけに過ぎない。
奇跡を起こしたのは、紛れもなく彼の胸の奥で熱く滾るもの。
人はそれを、魂と呼んだ。
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