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10ルーブル硬貨
*
「どうだ?少し良くなったか?」
「……はい」
帰宅後、こうたに5ルーブル硬貨を手渡したら再び頭痛がして少し休ませていた。
こうたはゆっくり起き上がってこう言った。
「僕の初恋の人がこの近くに住んでいて、10ルーブル硬貨を二枚あげているみたいです。桜井ひなこさんという方です」
「俺の幼馴染と同じ名前なんだが、二つ上だよ」
「しげるさん、おいくつなんですか?」
過去からやってきたと言っていたのに、年齢を聞くのを忘れるくらい、こうたの存在が当たり前というか、もう知っているものだと勝手に思い込んでいた。
「今年で38歳だな、こうたは?」
「28歳です」
「えっ?同い年じゃねぇか。小中学校は岬か?」
「はい、まさかの同級生だったとは」
「マンモス校だったからな、さすがに会わないやつもいるか、これも何かの縁だな」
「ですね」
小中学校の同級生であったこうたとの不思議な縁を感じた。こうたが未来に飛ばされてこなかったら、会うこともなかったかもしれない。それぞれの思い出話を一通り語り合い、懐かしいのに新鮮で、俺の知らないひなこの一面も知れた。
「とりあえず、ひなこに連絡するわ」
「よろしくお願いします」
俺は立ち上がり、ひなこに電話をかけながら冷蔵庫から飲み物をとりだし、こうたに渡した。
*
昼食時、待ち合わせは喫茶かげろう。
ひなこにとっても思い出のある喫茶店なので、こうたの記憶の何かヒントになればとここにした。
「しげるくん、久しぶり」
「久しぶり〜って、先月に飲んだばかりじゃねぇか」
「さっき話していたお友達?」
「はじめまして」
ロングヘアをポニーテールだ束ねて颯爽とスーツ姿で現れたひなこ。
一方、こうたは自分とバレないように100均で買った伊達メガネをかけて、軽く変装していた。当時は少しぽっちゃりしていたらしいのでバレないとは思います、と言っていたが第一印象は大丈夫そうだった。
「とりあえず、何飲む?」
「アイスコーヒーで」
俺はナスちゃんにアイスコーヒーを頼み、ひなこと話を始めた。
「えっと、ルーブル硬貨のことよね?一枚、持ってきたよ。こうたくんからもらったものだから必要としてるなら渡して」
「連れてこれなくて悪いな」
10ルーブル硬貨を受取り、食べかけのハムカツサンドを再び口にした。
こうたは聞き耳を立てつつも、黙々とナポリタンを食べていた。
「いいのよ、覚えてくれていたのが嬉しいよ」
「そりゃあ、忘れるわけないよな」
こうたをみてニヤリと笑って見せたら、やめろと言わんばかりの蹴りをくらった。
ひなこは、アイスコーヒーを飲みながら少し寂しげな顔を見せていた。
「まぁ、近いうちに会えるさ」
その後は、同じ小中の先輩後輩トークで盛り上がった。やっと、ひなこと話し慣れてきたこうたは、どこか恥ずかしながらも嬉しそうにしていた。
「私はそろそろ仕事に戻るわね」
「ここは、俺が出すから」
「あら、ごちそうさま」
「じゃあな」
ひなこを見送り、それぞれ食べかけのお昼を平らげ、食後のコーヒーが来たところで、集まったルーブル硬貨をテーブルに並べた。
「さて、ルーブル硬貨が揃ったな」
「そうですね、10ルーブル硬貨見せてください」
「おいおい、今触ったらまた頭痛で辛くなるぞ!」
「少し慣れてきたので大丈夫です」
「ったく、無理すんなよ。最悪、おんぶして運んでやるから」
「遠慮します」
そう言って10ルーブル硬貨を手に取ったこうたは、やはりすぐに頭痛がして顔を歪めていた。いつも見る光景になったが、何度見ても変わってやりたいくらい辛そうだ。
「何かわかったか?」
「……」
「……こうた?」
「……」
「おい、大丈夫か?こうた?」
ただじっと10ルーブル硬貨を見つめて、微動だにしないこうたの肩を軽くゆすった。
「あっ、すみません。えっと、自宅の場所が分かりました」
ハッと我に返ったこうたの顔色はあまりよくないみたいだ。早く帰ってやすませたほうがいいと伝票を握りしめて身支度をした。
「とりあえず、明日近くまで行ってみよう」
「住所は……」
メモを渡されて、俺はびっくりした。
俺らがいるアパートから徒歩10分ほどの所にあったからだ。戸惑いながらもメモを受け取り、ささっと会計をして店を後にした。
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