伝説のカツ丼

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伝説のカツ丼

それと出会ったのはまだ自分が独身の頃で ブラックな社風と過労が祟り 身体を壊して難病指定の病気と診断されて 務めていた会社を辞め。 実家を離れ都内のボロアパートに住み 計画的に溜め込んでた300万と失業保険で 働かずにニート生活を謳歌して 満喫し始めようとしてた頃である。 住んでいたアパートの 目と鼻の先にそれはあった。 蕎麦処とかろうじで読み取れるが 店名が薄く消えてて分からなく 営業してるのかどうか 分からない古びた建物があった。 しかし蛍光灯の灯りが灯ってたので 郷に入っては郷に従えと思い 新たな自分の城周りの街並を調べる為にも 勇気を振り絞ってその店に入った。   するとクロスワードの本を広げて 老眼鏡を掛けたおばさんと 孫であろう男の子が笑いながら走り回ってた。 その瞬間無言で 扉を閉め去ろうか本気で迷った 笑 「・・あのやってますか?」 「あら!お父さんお客さーん!」 すると奥から蕎麦職人の格好をした 更に年老いた老人が襖から顔を出す 奥には卓袱台(ちゃぶだい)と 野球中継の映ったTVが見えた。 この時点で あ・・俺ハズレ引いて失敗したな と思ったのを今でも鮮明に覚えている 笑 「大丈夫?作れる?」 俺の不安な気持ちに 追い討ちをかけるようなおばさんの声掛け 「大丈夫だよ」 そう大人しくどこかぶっきらぼうな 返答を返していた。 さっさと頼んで食ってこの場を去ろう。 そう思い目に飛び込んできたメニューを 期待もなにも考えずに注文する。 「すみません・・ じゃあーカツ丼お願いします!」 するとおばさんが立ち上がり 「○○ちゃんここで座って良い子に待ってて」 とお孫さんに絵本を手渡し その子どもが大人しく絵本に熱中し始めると 厨房に入っていった。 きっと手伝うんだろなと思った。 「どんぐらいかかる?」 「・・30分くらい」 そう聞くとおばさんは 中華鍋を振ってなにやら炒め物を始めた。 きっと晩飯の賄いでも作ってるので あろうか・・てか、30分もこの空間に 滞在しないといけないのか・・。 生憎暇は持て余してるけど 耐えれるかな・・そんな事思った矢先 テーブルの上に大盛りの野菜炒めと 沢庵漬けが3枚置かれた。 え?とキョトンとしてたら 「若いからこれくらいの量食べれるでしょ 時間かかるみたいだからサービス!」 礼を述べ食べてみると 素朴な家庭料理の味だがこれまた美味い。 なにより心遣いが身に沁みた 食べながら厨房の方に目をやると 亭主の老人が手を振るわせながら カツを揚げている。 その光景がマジで志村けんのコント みたいで微笑ましかった 笑 30分はとうに過ぎてはいたが 食卓にやっとこさカツ丼が運ばれてきた。 もうサービスだけで元以上の収穫が あったので味は二の次で一口かぶりつく。 え!?衝撃が走った! 今まで人生で食べてきたどんなカツ丼より 美味かったのである。 少し焦げ目が付いたような 揚げ具合のサクサクの衣に 肉厚でジューシーなお肉 なにより出汁がめちゃくちゃ美味い! 結局毎月一度はこの店に通う事になる。 本当は毎週でも食べたかったが 亭主さんの体調を考えると それは気が引けた。 笑 毎回カツ丼を頼んでしまって 食べれなかったが蕎麦つゆを出汁に使ってる であろうカツ丼の味からして さぞかしお蕎麦も美味しかったのであろう。 後に知ったのですが この地域は古くから蕎麦が有名な場所で その時も何店舗も蕎麦屋があったが 昔はもっとあったらしい。 因みにその話を聞いた後輩が家に 遊びに来た時に興味津々で 家から歩いて数歩の場所にあるが 食べてみたいが待つのが面倒くさいと言い 店の壁に書いてある電話番号に電話を 掛けて出前を頼もうとした事がある。 確かに出前用の 古びたカブは置いてあるが…。 果たして…。 結果はその番号自体現在使われてなかった 笑 時は流れ役1年半後 貯金も底が見えてきたので 28にして水商売の世界に 初めて足を踏み入れる事になる。 その経緯もまた別の回で話すとしよう 笑 そして後に妻となるカノジョと 同棲生活をしていた。 ライフスタイルがすっかり昼夜逆転になり その蕎麦屋にも めっきり顔を出す事は無くなっていき  晴れて妻と籍を入れ 結婚生活を始めていた。 家も広くて綺麗な場所に引っ越す 物件も決めて荷造りをしていた。 そんなある日丁度その日は 都合良く仕事が休みだったのだが 都内に十数年振りだったかの大雪が振り 翌日朝目覚めると曇りガラスの窓越しにも 分かる白銀の世界が広がっていた。 妻が窓を開け嬉しそうに眺めてるのを 横目に今夜仕事に出たくねーなとか 思った時だった。 俺の携帯が鳴る。 着信相手は7つ下の妹からだった。 嫌な予感がしそれは的中した。 「もしもしお兄ちゃん お父さんが・・死んじゃった」 そうすすり泣きをしながら知らせてきた。 父は原発不明がんという病で 要するにがんが転移し過ぎて発症元が 分からないという事だったので手遅れで 助かる見込みは無く 本人の希望もあり自宅療養にしてたので いつかはこの日が来ると覚悟はしてたが いざその日が訪れるとキツイ物があった。 苦しそうにしてたので救急車を呼んだが 大雪の影響で遅れて来て運ばれたが 病院に辿り着く前に救急車両内で 息を引き取ったらしい。 普段は絶対に人前で泣かない自分も その時ばかりはそれまで張り詰めてた 糸が切れた様に泣きじゃくってしまった。 その時は気丈に振る舞ってくれた 普段泣き虫の妻に慰めてもらった。 因みに葬儀の時 火葬場で親族の誰よりも泣き叫び声を 上げて参列者を 騒然とさせたのは妻であった 笑 落ち着いてから準備時間掛かるから先に 会いに行ってあげてと後押しされ 外に飛び出して雪が降り積もる中 慌てて実家に向かう事にした。 扉を開けるとまともに歩けないくらいの 積雪量でまだ雪が降り続けている。 住んでた場所は少し丘の上にあったので 少し距離がある駅へと続く 坂道を下らなくてはいけなかった。 すると店前に居た蕎麦屋はの おばさんが声を掛けてきた。 「あら?こんな雪の日におでかけ?」 「ちょと身内に不幸がありまして…」 「駅に向かうんだったら車に乗ってきなさい!」 「いえ。悪いですよー」 「いーのいーの丁度駅前に用事があって 今向かおうとしてたから。」 そう仰って頂きご厚意に甘えて 車内に乗り込んだ。 ほんの数分だか車内では 気遣ってかあまり詮索はしてこなく 天候について等明るく話し掛けてくれて 電車が動いてるかどうか心配してくれた。 駅に着き深く礼を述べて 改札に向かおうとすると 「慌てずに気を付けて行くんだよ!」 と、手を振ってくれた。 その人としての温かさに 沈んでた気分が和らいだ。 不思議と大幅に乱れたダイヤにも関わらず 実家までタイミング良く乗り継ぐ事が 出来てすんなり行く事が出来た。 家に着くと丁度途中まで搬送されてた 親父の乗せた救急車が戻って来て 遺体を救急隊の人と部屋まで運んだ。 今でもあの時の軽くなった 重みは忘れられない。 後日おばさんには礼を述べ また食べに行くと約束したが 引っ越し環境が変わりその約束を 果たす事なく月日は流れ 都内からも離れ今に至る。 もう御年配だったので店はやってないかも というかお二人共御存命だろうか。 もし店がまだやってたら 今度はお蕎麦を食べてみようかな? いや。 きっとあのカツ丼をまた頼むだろうな。 この先の人生でどんな高級料理店の カツ丼を食べてもあの味を超えるものには 出会えないだろうな。 これが伝説のカツ丼のお話。 おしまい おしまい♪
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