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「俺ももう少し寝ようかなぁ」
爽やかな笑顔は、それに似合わないじっとりとした粘度を纏っていた。大きな一歩で歩き出せば、あっという間に辿り着く"紫乃くん"の部屋。
セミダブルのベッド、乱れたシーツの上にそっと降ろされて、私の隣に腰掛けた彼が昨夜のように横になると腕を広げて言う。
「すず、おいで」
どくん、また跳ねた。
背筋を伝う汗は私だけのもの。怖い、この人、知らない人。
「早く」
眉間に皺を寄せた、それだけで感じる謎の圧力に体は従順に従ってしまう。得体の知れないその人に身を寄せて、腕枕で包まれる。
「……すず」
そう告げた、この人の声はこれほどまでに耳に絡みつくものだっただろうか。何度も呼ばれた名前も、触れた温もりも、今は全てがぞっとする。
「し、紫乃、くん……」
「はい、なあに」
怖い、誰なの、目的は、一体。
次々と巡る思考に終わりはなく、いっそのことハッキリ聞いてしまいたいと、そう思った私が徐に口を開けば、その声は微かに震えていた。
「紫乃くん、は、紫乃くんじゃ、ないんですか……?」
否定してくれたらいい。
お母さんのあり得ないほど失礼な勘違いだったと笑えたら、それだけでいい、のに。
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