プロローグ

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 苦楽を共にした制服とおさらばした3月。  少しほつれたスカートの裾を直す手間が面倒であえて放置した数週間ともこれで綺麗さっぱりお別れ。  私は環境の変化に弱い牡牛座だから、4月は苦手だった。どのくらい苦手か説明するならば、大多数の子供が人生に一度はピーマンを嫌うようにナチュラルで、生きていく上で支障をきたさない程度の苦手。  それでも穏やかに牧草を喰らう性質のもと産まれ落ちた私には地味なストレスに違いなくて、クラス替えや進学の度心身ともに疲弊して辿り着いた今日には最大の難関が待っている。 〈挨拶だけはきちんとしなさいよ。失礼のないようにね。もちろんお土産も忘れないで〉  新幹線で数時間の距離を経てもまだ脳内で薄らこだまする母の声は私の心にそっと緊張感をもたらした。そうして手渡された地元の有名菓子セットの厳かな雰囲気を右手に感じながら向かうは写真で見ただけの綺麗めマンション。  タワマン、とまではいかないが地元じゃ考えられないような人混みを抜けた先にある、いかにも高そうなマンションは見上げただけで首が痛くなった。 「(…今日から、ここが……)」  私の城、なんてドラマチックに言えるほど胸を張れるものでもない。進学を機に地元を離れることになった私が、偶然にも大学の近くで一人暮らしをしている親戚のお兄さん宅へ居候させてもらう話が出たのは、合格発表後すぐのことだった。
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