プロローグ

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紫乃(しの)くん、快く承諾してくれたよ」  嬉々として告げた母の瞳は希望に満ち溢れていた。それもそのはず、心配性の母は私が一人暮らしをすると言った際には漫画のように卒倒していたほどだ。  どう考えても実家から通える距離ではないのに、毎朝4時起きの始発で数時間かけて通うと思っていたらしい母とのゴタゴタは案外すぐに解決した。  とにかく"女の一人暮らし"に不安を抱く母が考えた苦肉の策は単純明快なもので、信頼できる人物との共同生活──……そこで白羽の矢が立ったのが、親戚の紫乃くんである。  最近こそ付き合いは薄れてしまったものの、彼は幼い頃たくさん遊んでくれたいくつか年の離れたお兄さん。  4月からの新天地での暮らしに不安を抱かずにいられない私でも、心に決めていた一人暮らしがなくなったことでまた違った角度の不安を覚えていた。 「(紫乃くんとはいえ、うまく暮らしていけるだろうか……)」  親戚だろうが所詮は他人、居候するのはハードルが高い。しかもそれが十年以上会っていない相手ともなると、人見知りの私からしてみればほぼほぼ初対面みたいなものだ。  それでもトントン拍子に進んでいく新生活に向けた準備は、残すところ私とキャリーバッグひとつが紫乃くん宅に到着すれば済む段階にまで来てしまっていた。  事前に実家から郵送していた寝具や日用品のおかげで、もはや実家に戻っても居場所はない。腹を括るより他ないのだ。
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