プロローグ

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 さて、目の前にひとつ、ドアがある。  立ちはだかるスチール製のダークブラウンが何故か敵に思えて仕方がないのは、どこにでもあるこのドアが紫乃くん邸の入り口、私の新生活の始まりだからだ。  インターホンを恐る恐る押す。すると鳴り響くのはこれまたどこにでもある平凡な音。  そんなものでさえ心臓ばくばくの私を驚かせるのには十分で、自分で押したくせに「ひ」と情けない声が出てしまった。 「(……お母さぁん……)」  人間とは不思議なもので、心が不安に潰されそうな時には自然とそのワードが浮かんでしまうらしい。本当は今日くらいお母さんに付き添ってほしかったなんて甘えた願望を切り捨てても、どうしよう、やっぱり帰りたい。  毎朝4時起きでも構わないから、実家から通うのも悪くないかもしれない。面倒ではあるけど早起きは三文の徳って言うくらいだし、私に何かもたらしてくれそうな気がする。なんて、もう手遅れだけど。  どうにかこうにか逃げに回る思考を一旦止め、久々の対面になる紫乃くんが出てきたら深々と頭を下げる、そして流暢に挨拶を済ませた後、手土産を渡す……そんなシュミレーションをしながらドアが開くのを待つけれど、ずっしり構えたままのドアは一向に開く気配がない。
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